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食料とか水とかを健気な子供に運ばせる

 

 痛みが引くのを待って、穴の上へと出た。


 僕は、恐る恐るこっちの顔色を伺ってくる男達をよそに、先に上がっていたエイリカに向けて歩み寄る。俯いて肩を縮こめるエイリカの前にたち、腕を組んで怒鳴りちらす。


「この馬鹿!! 気をつけやがれ!!」


「ひっ……」


 顔を俯かせたエイリカはびくっと跳ねる。


「こんのやろう!! お前に何かあったらどうするんだ!!」


 腑の中が煮えくり変えるどころか、蒸気になって消し飛びそうだ。


 今日最後の魔法をこいつのくだらない行動のせいで消費してしまった。これで僕は、自分の足で家まで帰らなければならない。


 いや、そんな事よりだ。こいつが大怪我でも負った際には、付き従う男達はエイリカという拘束力から解放され、僕との約束をふいにしてしまう可能性があった事が、怒りの根源である。


 今までの行為が無駄になり、賊から女の子を救うという、ずっと待ち焦がれていたテンプレ展開を逃すかもしれない。そんな恐怖に襲われた事に対する反動で、理不尽とも理解している怒りは、到底収まりそうにもない。


「糞!! 自分の立場を考えやがれ!!」


「……ぐすっ」


 猛烈な怒りに晒されたせいか、エイリカは鼻をすすり、涙を落として地面に黒いシミを作る。


 だが僕は、そんな事御構い無しに、暴言を吐き続ける。


「泣いたら許されると思ってんなよ、この甘ちゃんがぁ!!」


「うぅ……」


「てめえが、落っこちて死のうがどうでもいいがよぉ!! こいつらはテメェの為に必死こいて働いてんだよ! おめえが居なくなれば、こいつらには何もなくなって気力が失せちまうだろうが!!」


「ご、ごめんなざい……」


 エイリカがボロボロと泣き崩れ、膝を地面につき手で顔を覆った。女の子座りをしてメソメソとする姿は余計に苛立たせてくる。


 僕が理不尽な怒りをぶつけて、鬱屈とした感情の捌け口にしているのだ。弱々しい態度を見ていると、罪悪感が刺激され、憤怒の感情が塗りかえられそうである。


 ただ横暴に声を発するという行為すら、エイリカの前では気持ちよくできない。そんな事実が、僕をさらに苛立たせる。


「そ、その辺にしてあげてください。ほら、エイリカ様も反省してますし……」


 腰を低くして分け入ろうとしてきた男に、僕はギロリと睨んで怒鳴りつける。


「ああ!? お前らの教育が悪いんだろうが!! 鑑みてみろこいつの行動を!! 自分の価値を全くと言って理解してねえ!」


 激怒する僕に何を言っても無駄と感じたのか、男はすんなりと引き下がった。


 再びエイリカに顔を向け直すと、めそめそと瞼を擦っている姿が目に入ってきた。


「ごめんなさい。ごめんなさい。ただ、皆んなの為に頑張ろうとしただけなんです……。そうしないと、みんなの命が……」


 ああ、イライラする。


 エイリカに苛立たせられる度に、自分の小ささを訴えかけられている気がして本当に嫌になる。


「うるせえ!! 黙れ小僧が!! それが駄目なんだよ!!」


「ひぐっ……」


 エイリカは何とか漏れ出る嗚咽を抑えようと手で口を覆った。すると、代わりに涙が流れる赤い瞳が露わになる。


 くそ、まただ。またもや罪悪感に負けてしまう。


「そんなにこいつらの為に働きたければ働かせてやる!! ついて来い!!」


 僕はエイリカの手を無理矢理に引っ張って立ち上がらせた。


「ま、待ってくれ!! エイリカ様に何を!?」


「一々心配がうぜえんだよ! ボコりたくても、こいつには何も出来ねえから黙ってろ!!」


 男達を一喝して、僕はエイリカを草原に引っ張っていった。


 伸びた雑草を踏み分け、木々が数本密集した小さな林に入る。数メートルだけ日が遮られ、影になってほんの少し暗い。僅かに湿気っており、土っぽい匂いが薫る。


 僕は立ち止まり、エイリカの手を離した。


「こ、こんなところで……」


「ああ、ここでお前には働いてもらう」


 そう言って、僕は唇をすぼめた。


 青空の下で草原を歩いたお陰で、嫌でも怒りが静まってきた。さっきの行動に対する嫌悪感と、エイリカに対する申し訳ない気持ちしか残っておらず、なんともバツが悪い。こんな事ならまだ激怒していたかった。


 そんな感情に苛まれながら、目的のものを探す。


 僕が何故ここまで来たかというと、賊どもの飢えを凌ぐ為、食材や水分を確保する必要があったからだ。その為、まずはそれらを運べる容器を得ようとしたのである。


 目を凝らして木の影を見ると、青いぶにゅぶにゅした生き物が見えた。むき出した木の根に、球状の体をペタッと張り付かせている。


 僕は目的の生物を見つけたので、エイリカの方に向き直る。すると、エイリカは体を小刻みに震わせながら腕を交差し、自らの服の隅に手を掛けていた。


「な、何をしてるんだ?」


 意味がわからなくて問いかけると、エイリカは怯えた表情を向けてくる。


「ご、ごめんなさい。踏ん切りがつかなくて……」


 そう言ってエイリカは、裾にかけた手を少し持ち上げた。


「は? なんで服を脱ごうとしてるんだ?」


「だ、だって。悪いことした僕を暗がりに連れ込むって、そういうことですよね……」


「違うわ!!」


「も、申し訳ございません。服も脱がせたいですよね……。け、経験がなくて、そういったことに疎くてわからないんです。で、でも頑張りますから。どうか……」


「だから違う!! 僕に、そんな目的はない!!」


 つい、額を手で抑えてしまう。いつもより、おでこの熱は高いように感じた。


 いくらエイリカが美少年だとしても、僕にそういった趣味はない。


「それでは、何故僕をここまで……?」


 僕はため息を吐いて、目的の生物を指差した。


「スライム……ですか?」


「ああ。袋が欲しいからな」


 最初はエイリカにやらせようと思ってたのだが、メンド臭くなったので、自分でやることにする。


 尖った木の棒を拾い、スライムの元まで歩く。近づいたというのに、木の根に張り付いたまま動かないスライムに対して、容赦無く棒の先端を突き刺す。


「ピギィいいいいいいい!?」


 棒は突き刺さり、青い飛沫が辺りに飛び散る。針に掛かった魚のようにスライムはブルブルと抜け出そうとするが、やがて動かなくなった。


 僕は棒を抜き取り、スライムを持ち上げる。そして絞り上げ、穴の開いた箇所から中身の粘ついた液体を出していく。全て抜ききると、ポリ袋のような残骸だけが手に残る。


 スライムはこの外皮に包まれている水風船のような生き物だ。


 僕は昔、この世界にレベルアップ的な要素がないか、モンスターがドロップアイテムを落とすのか調べる為にスライムを惨殺してきた過去がある。


 その経験で理解したことは、2つの要素はないことと、スライムの生態だけだった。


 最初、スライムは日本でいうスライムのようなものと考えていたが、それにしては乾燥して固まらないし、あまり汚れもしないことに気づいた。


 興味が湧いて解体して調べた結果、疎水性の被膜に覆われていることを発見したのだ。


 これは世紀の大発見だ、絶対に金になる、とドヤ顔でうちの政務を担当するリックに伝えたところ、「使われてるとこはあるらしいけど、生理的にキツい」との返事をもらった。その時、皆んなが知っていたことをしたり顔で話した恥ずかしさと、この世界の人の価値観とは違うことに、かなりのショックを受けたことをよく覚えている。


「き、気持ち悪い」


 案の定、エイリカは腰を引かせ、顔を青ざめさせていた。


 この世界の人間がスライムに抱く印象は、日本でいうナメクジみたいな感じだ。気持ちわるいと思うのが普通らしい。


「うるさい。これを洗えば水も運べるし、食料を入れる袋にもなるんだ」


 僕がそう言うと、エイリカが、まじかこいつ、って目を向けてくる。


 ああ、気分が良くない。テレビでカブトムシの幼虫みたいな虫を食べる部族を見て、うええ、と思っていたものだが、いざそういった感情を向けられると腹が立つ。


「そんな目を向けるな! 僕はお前らのためにやってるんだ! 今は、えり好みできる状況か!? 違うだろ!!」


「でも……」


 まだうじうじしているエイリカを黙らせるため、効果的な言葉を思い出す。


「でもじゃねえ!! お前らには、やらなければならねえことがあるだろ! その為には生きなきゃいけねえんだ! 水がなくて生きられるか!?」


「そ、そこまで……僕たちのことを」


「その通りだ! だから、こんなことを気にしてる場合じゃないだろ!」


「うん!」


 エイリカは目に光を取り戻し、力強く頷いた。


「よし! わかったようだな! 後は食料だ!」


 それから僕は、強い魔物を探してあたりを調査した経験を活かし、エイリカに食料となるものを教えていった。



 

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