賊をスカウトしよう! part2
どうしようか一体……。
僕は、目の前でどらまてぇっくな雰囲気を醸しだす奴らの処遇に頭を抱えた。
こいつらの反応を見ていると、関係性に嫌でも勘づかされる。
予想の域を過ぎないが、エイリカと呼ばれた子供は偉いさんで、事情があってスラムに潜伏している。残りの奴らは家臣なのだろう。
予想通りなら、僕はエイリカを捕らえようとやってきた刺客に誤解されている訳だ。それならば、エイリカが自分の身を差し出し、家臣の命を乞うことで生み出された今の雰囲気にも納得がいく。
ほんと違うんだけど。ただ単純に、ボコしても後腐れのなさそうな奴を、賊に仕立てあげたいだけなんだけど。
「お願いします。僕は何でもします。だから、皆んなのことは見逃してください」
僕が悩んでいると、エイリカはさらに懇願してきた。
いやだから、君みたいな美形な子供を倒すとルーテ様(ヒロイン(当確))も引いちゃうだろうから、君以外が必要なんだよ。
改めて他の男達をみると、屈強で強面な奴ばかりだ。エイリカを護るのについてきたのだから、精鋭であることも間違いないだろう。
ルーテ様の護衛は、侯爵令嬢の護衛なのだから、かなりの力を有している。ルーテ様も稀代の魔法使いだとかメイドに呼ばれてたので、並大抵の人間じゃ返り討ちに遭うと思っていた。
だが、こいつらならば安心して任せられる。むしろ、こいつらでなければ、という感情が芽生えてきた。
こんな人材には二度と巡り会えないに違いない。絶対に逃したくない。
「俺たちのためにありがとうございます、エイリカ様。でも、もう諦めましょう。そのお気持ちを聞けただけで、俺たいは清々しくあの世に行けるというものです」
「そんな!? ダメだよ皆!!」
「いえ、エイリカ様と共に城を脱出したその日から、俺たちは貴方に命を捧げると決めてたんです。だから、貴方に忠義を尽くせないなら、いっそのこと共に死を選びます」
僕が考え事をしている間に男達は、なんか諦めムードに入っていた。
らっきーだ。このまま諦めてもらおう。可愛らしい子供の懸命な頼みを断る事に、正直なところ気が引けていた。
しかし、僕の思い通りにはいかず、彼らが諦めようとすればするほど、エイリカは熱を帯びていく。
「お願いします、どうかお願いします。僕はどうなっても構いません。奴隷になって飢え死ぬ瞬間まで働きます。身を売れと言われれば、昼夜問わず、寝食を忘れて尽くします。ですので、何卒、何卒……」
「や、やめてくれ!! お前達の言うことなんて、僕は一切聞きたくない!!」
僕は慌てて口を挟み、エイリカの言葉を途切れさせる事に成功する。
危ないところだった。このままだと、僕の捨てきれていない罪悪感ゲージが振り切れるところだった。
だが、ホッとしたのも束の間、エイリカは唇を噛み、美しい瞳から涙を溢れさせた。
エイリカは、助けを乞いたい気持ちを言葉に出す事を必死で我慢しているようだった。身が震え、苦渋に顔を歪めながらも、僕の気持ちを逆撫でしないよう懸命に耐えていることがありありと伝わってくる。
エイリカはルーテ様と変わらないくらいの幼く傷つきやすい年頃だ。下手に出て、自分の人生を投げ出す決意だけでも相当なのに、それが無駄に終わるかもしれないという絶望の恐怖に耐えている。さらに、精神は擦り切れそうな程消耗しているのにも関わらず、家臣の命を諦めずに未だ僕のことを伺ってくる。
「ああああああ!! ぜっん、ぜん!! 気持ちよくない!!」
僕は思わず声をあげた。
「そもそも僕は、君たちが思うような追っ手じゃない!!」
心のままにそう叫ぶと、少し遅れて全員がポカンとした。
静寂に包まれ、ヒュルリと風が吹き付けてくる。
そのまま静かな時間が数分流れ、おずおずとエイリカは口を開いた。
「じゃ、じゃあ何で僕たちを捕らえたのですか?」
もっともな疑問であった。
もう僕はめんどくさくなり、事実を告げる事にする。
「貴族の令嬢を襲ってくれる奴らを探してたんだよ」
「な、なぜ?」
「賊から令嬢を華麗に救い出して惚れて貰うためさ。都合よく賊が襲ってくれるとは限らないからね」
僕がそう言うと、男達の顔が怒りで真っ赤に染まる。
「そんなことの為に我らを捕らえたのか!!」
「糞野郎!! 今すぐここから解放しろ!!」
怒りの声が上がるに上がるが、僕はもう吹っ切れていた。
「うるさい、黙れ黙れ黙れ! いいか? よく聞いてくれ。お前達はもう賊にする事に決めているんだ。もし逆らうと言うなら、エイリカの命はどうなるだろうな?」
「ぐっ!!」
「逆に言えば、お前らが僕の言う事を聞く限り、エイリカは自由だ」
僕がそう言うと、男達は息を飲んで黙り込んだ。その後、ややあって互いに顔を向け、深く頷きあう。そんな男達の反応を見て、エイリカは慌てふためく。
「待って、皆んな? 嘘だよね? この人は追ってじゃないんだよ。だったら、言うことを聞く必要なんてないよ! 皆んなが助かるんだよ!」
エイリカに男達は諭すように声をかける。
「いえ、エイリカ様。こいつは気が狂っています。我らは見逃してもらえんでしょう」
「そうです。俺たちはエイリカ様を助けることが使命です。ならば、断る理由なんてありません」
僕はこの雰囲気に乗っかろうと口を開く。
「そうだ。お前らが言うことを聞くなら、エイリカのお守りにさっきの老人は残しておいてやる。だから、安心しろ」
僕の言葉に男達の表情がさらに緩む。だが、エイリカの顔は歪むばかりだ。
「駄目だって皆んな!!」
エイリカは泣き叫ぶが、もうすでに男達には届かない。それを察したのか、今度は俺に顔を向けて懇願してくる。
「お願いします! 何でもしますから!! どうか、どうか!!」
エイリカの必死の懇願に、僕は溜息を吐いた。
「それが通るのは君に価値がある場合だけ。僕にとって君は価値がないどころか、邪魔な存在でしかないんだ。いい加減諦めてくれない?」
「そんな……」
あれ程懸命に耐えていたエイリカは、ついに項垂れた。
我ながら最低な事をしている自覚はあるし、罪悪感はもうとっくに限界を振り切っていた。
とんでもなく後味が悪い。けれど目的を達成するには冷酷になるべきなのだ。
「……ひっく、ひっぐ。やだよぉ……やだよぉ」
ぐっ……。
とは思いつつも、エイリカが泣きすする姿を見ていると、ゴリゴリと精神にダメージを受ける。
やばい。こいつら全員解放して、幸せになってもらいたい、という欲が心の隅に湧いてきた。
内心焦り、とめどなく汗が流れ出てくる。早くどうにかしないと。
「あーもう!! わかった!! お前の頑張り次第では全員の命を救ってやる!!」
僕は焦燥感に負け、心にもない事を口走った。
しくじった、と思ったときにはもう遅く、エイリカは赤く潤んだ瞳を上目遣いで僕に向けてくる。
「ぐず……ほんと?」
「うっ……」
仰け反ってしまう。駄目だ。もう、心が負けてしまっている。
「あ、ああ本当だ!! エイリカ、お前が僕を満足させるような賊になれたらな!!」
僕が苦しげにそう言うと、エイリカは天使のようにニコッと笑った。
「……うん! わかった!!」