賊をスカウトしよう!
「ふんふん〜♪」
僕は鼻歌を歌いながら薄暗い路地を歩いていた。
ルーテ様の話を聞いてから、気分上々である。
出発予定日は一週間後、馬車を使用、護衛は少数。これならば準備期間は十分あるし、街道を通るため、賊も襲いやすいこと間違いなしだ。
頭の中にプランが着々と描かれていく。
まずはルーテ様が乗る馬車を、襲い安いポイントに到達するまで監視する。次に僕がなんらかのアクションを起こし、賊をけしかける。そして、少数の護衛を賊が蹴散らしたタイミングを見計らい、ピンチのルーテ様を助けるのだ。
素晴らしい。うん、とっても素晴らしい。
この計画が成功すれば、あのルーテ様に惚れてもらえるという事を間近に感じ、口がだらしなく蕩ける。
僕と同い年くらいで、あれだけの美少女なのだ。成長すればどれ程になるのだろうか。今は今で、十分な魅力があるのだけれど、髪や瞳からは美女になる素養はたっぷりだし、姿からは可愛い系の美人になる事も容易に想像できる。
夢麗らかな感覚を覚え、期待に胸が高鳴る。だが僕は、ここで油断しなかった。
街道沿いの襲いやすいポイントを見つけなければいけない。ピンチの時に救うと言っても、カッコ良く救わなければいけない。そして何より、賊を用意しなければいけない。
問題は山積みであったが、まずは、賊を確保しよう、と僕は考えた。その為、裏路地まで来たのである。
この都市は大きく栄えている。しかし、光が強くなれば影も濃くなるというもの。日の目を浴びて歩く人間が多ければ、陰に潜む悪い奴らも多いのだ。
そんな奴らは賊にするのに打ってつけの人材で、スカウトしに来たという訳である。
辺りは、陽が昇っているのにも暗く、外だというのに埃っぽい。石段の端には、ボロ切れを纏って動かない人の影が所々に存在する。生ごみのような臭いが漂い、人の気配もあるのに異様に静かだった。
雰囲気が悪い、良い感じのスラムではある。しかし、どれだけ歩こうともスリ一つきやしなかった。
これでは、鼻歌を歌う気分も冷めるというもの……あ、そうか!
僕は己の過ちに気づいた。
スラムを呑気に鼻歌を歌って歩いてる奴なんて、ただのやばい奴に決まってるじゃないか。
それは怪しんで誰も襲ってこないに決まっている。しくじった、完全にしくじった。
今から引き返して、迷い込んだ貴族のフリでもしようかなあ。
そう考えた瞬間、隣の建物の木扉が破れる轟音が鳴った。砂塵が舞い、辺りは霧が立ち込めたように視界が奪われる。
咄嗟に魔法を使い、体を取り囲むように地面を隆起させた。するとすぐに、金属が弾かれる高音が真横で鳴った。
「……ぐっ」
男の苦痛な声が聞こえた。薄くなりつつある砂塵ごしに声の主を確認する。そこには、直剣を持った手を抑える白髪の男の姿があった。
やがて砂塵は風に流され、鮮明に男の姿が見える。薄汚ないローブを身につけた男の顔には皺が刻まれ、痛んで細い白髪をしていた。袖から見えた腕は細く、剣を持つ手は震えている。
見た目からかなりの年齢だと察せられる男は、その風貌からは想像できないほど鋭い眼差しを向けてくる。
「くそ、もうここを嗅ぎつけて来たか!」
猛る老人とは反対に、僕は呆けていた。
いきなり襲って来て、何を言っているのだろう?
そう思ったが、僕の脳は瞬時に閃きを見せる。
そうか、このジジイ、お尋ね者だな。
辺りの雰囲気は悪いというのに、こんな所で老人がずっと襲われず、生き続けられる訳がないのだ。
扉を壊した力を見る限り、耄碌するほどの年齢ではない。だとすると、ここに一時的に身を隠したお尋ね者だということがわかる。
僕の脳はさらに素晴らしいアイデアを浮かばせる。
僕が襲わせ、僕が悪だと断じて倒すのだ。賊をけしかけさせる行為は、それなりに罪悪感がある。捨てなければいけないものだが、最初っから捨てきるのは無理だ。
だったら、何もされてない人間より、僕を殺そうとしてきた老人に任せる方が、罪悪感が少なくて済む。
そうしよう、と僕は決め、スカウトを開始する。
「そうだ! お前のようなものを探していた!」
僕がそう言うと、老人が歯をぎしりと鳴らす。
「鼻歌を歌い、目を輝かせやがって! そんなに嬉しいか!」
老人は「糞、簡単にいくと思うな!」とつばを撒き散らして、剣を構え直した。僕はその時、老人の視線が一瞬後ろにいったのを見逃さなかった。
「他に誰かいるのか?」
老人は俺から目を離さず、顳顬に汗を流した。腕に込める力は、余計にかかったように見える。
この反応は、仲間もいるのだろうか。ということは、お尋ねものが他にもいるってことだ。
「これはラッキーだ」
罪悪感が少なくて済むお尋ね者を、他にもスカウトできる可能性があるなんてラッキーである。
僕はすぐさま、魔法を使って老人の足元を溶けたセメントに変える。
「なっ!?」
沈みゆく老人は抜け出そうと足を上げるが、セメントが固まって動きは鈍くなる。そして老人が完全に身動きが取れなくなったのを確認すると、脇を抜けて建物に入る。
「に、逃げるのじゃあああ!!」
背中に届く老人の叫び声を無視して暗い部屋を進むと、外の光が見えた。
裏口だ、そこから逃げたのだろう。
僕は急いで裏口を出ると、路地を走っていく5人の後ろ姿を捉えた。全員老人と同じような服装をしており、こいつらだと確信する。僕は躊躇なく同じ魔法を使って、5人の動きを止める。
「くそっ! 動けねえっ!」
「どうして、何でだよっ! 頼む! 動け! 今だけでもいい! 動け!!」
「畜生! 畜生! せめて、エイリカ様だけでもっ!!」
僕は、もがき、苦しげな声を上げるお尋ね者達に、悠々と歩み寄っていく。近づくにつれ、姿がはっきりと見えるようになった。
ええ〜、やだなあ。4人の屈強な男達の中に、一人子供が混じってるじゃん。罪悪感が湧くし、子供を倒すと印象悪いしなぁ。
そう思いつつ歩き、固まったセメントに足を捉えられた者の前で立ち止まる。男達は顔に絶望の色を浮かべながらも、腕を広げて子供を守ろうとしていた。
僕はそんな男達の行動に疑問を抱く。
この男達の行動はなんなのだろうか。
特別な事情があるのだろう、とひしひし感じる。しかし、僕は気にしないことにした。
事情があるのは醸しに醸し出して来ているが、僕には関係ない。下手に深入りして、より強い罪悪感が芽生えても困る。こいつらはお尋ね者には違いないのだ。だったら、それ以上でも以下でもなく、そのままが一番都合がいい。
さて、捕まえたは良いけれど、一体どうしようか。
腕を組んで考えていると、子供が声を発した。
「皆んな、もう良いよ。よく頑張ってくれた」
子供の言葉を聞くと、皆が力尽きたように項垂れた。そんな中、子供は僕に顔を向けてくる。
フードが外れ、絹のような水色の髪が溢れ出る。顔は美少女とも美少年とも取れる中性的な顔立ち。声は少し低めで少年に思えるが、髪の長さからは少女のようにも思える。
「もう僕は逃げない。だけど、ここにいる皆んなは助けてくれないか?」
子供は、オパールのような蒼と翠で彩られた瞳を僕にまっすぐ向け、はっきりと言い放った。
「そんな、エイリカ様!?」
「どうして!?」
残りの男達が狼狽える中、エイリカと呼ばれた子供は頭を下げた。
「お願いします。僕の一生の頼みだ」
エイリカの姿を見て、残りの男達は、感動と悔しさを混じらせた言葉を吐き、さめざめと涙を流し始めた。
「……」
僕はそんな様子を黙って眺める。
既に空は真っ赤な夕陽と瞑色が鬩ぎ合い、一番星が輝く時間。夕方特有の冷たい風が路地を吹き抜ける。
辺りには、どこか心暖まるような、寂しいような、切ない空気が流れていた。
僕も涙を流したい気分になった。
むしろ君以外が欲しいんだけど……。