当日2
「野盗の件なのですが、申し訳ございません。僕が彼らの身を引き取りたいと思います」
「そうですか。残念ですが、私は自分で倒した一人で我慢します」
「その一人も僕が引き受けたいのですが」
「それは難しいですよ! 倒していないので他は譲りますけど、元々は私を襲ってきた相手ですから! 恩人にこんな言い方するのもあれですが、罠にかけた獲物を一部攫われても許しているんです。これ以上は、流石に……」
ルーテ様の言葉はキツかったが、それでも選んでくれているのだろう。野盗を罠に嵌めて、奴隷として売ることが目的なのだ。いなくても済んだかもしれない僕に奪われることは不本意でしかないだろう。
「そこを何とか、お願いできませんか?」
「うーん、仮にも侯爵家の騎士を倒すほどの野盗なので、それ相応の値段になるので……残念ですけど」
ルーテ様の表情は強張っていた。これ以上食い下がれば、もう引き返すことができない。けれど僕はもう決めたんだ。
「それでは、僕が買い取ります。お幾らでしょうか?」
「……どうしてそこまで、奴隷を欲しがるのですか?」
「答えられません」
熱いものが篭っていたことが嘘かのように、ルーテ様の眼差しに冷たい光が灯る。
「なら、渡すわけにはいきません。私が見えぬ価値があるのなら、対等に取引ができないので」
ルーテ様は完全に閉ざしてしまった。これはもう、取りつく島はなさそうだ。
仕方ない。こうなれば、実力行使するしかないかもしれない。
静かに足元を泥に変える。が、ルーテ様に跳んで避けられてしまう。
「そういうつもりですか。それに、その魔法、馬車を停めたのも貴方ですね?」
ルーテ様は薄く笑って続ける。
「これほどの魔法の使い手、売ればいくらになるでしょうか?」
「売るよりも、自分の手駒にした方が得なんじゃないか?」
「それいいわ! 貴方、すっごく使えそうだもの!!」
そう言って、ルーテ様は魔法でできた水の玉を飛ばしてきた。水球は途中で弾け、その一粒一粒が襲いかかってくる。僕は土の壁を作り出して水球をなんとか防ぐ。
「貴方、そんなことも出来るのね! ますます欲しくなっちゃった!」
ニコニコ笑顔のルーテ様が、水ならだめか、と火の槍を掌の上に出し僕目掛けて放り投げてきた。
水、睡眠に加えて火まで使えるのかよ!?
火の槍は土壁を通り抜けて僕の目の前まで迫りくる。間一髪だったが、僕は転移で槍を避けると同時にルーテ様の背後に回り込む。そして羽交い締めにしようと腕を広げると、馬のような後ろ蹴りが僕を襲った。蹴りは鳩尾に突き刺さり、僕はその場に蹲る。
「すごい!? それどうしたの!? 他にも何かできるのかなあ!?」
天真爛漫な声と顔で僕を褒め称えてくれるけれども、まったくもって嬉しくない。こっちは苦しくて痛くて仕方ない。それに魔法を今日はもう8回使っている。あと2回の使い所を考えないといけない。いけないことだらけで辟易する。
ただ、そんなことを考えられるくらいには余裕があった。まだまだ戦えそうである。
僕は素早く立ち上がり、バックステップで距離をとった。が、後ろで何か堅いものにぶつかり、再び蹲る。振り返ってみると、氷の壁ができていた。
「真似してみたんだけど上手くできた!?」
前言撤回、無理無理無理無理!!! 勝てるわけないこんな奴に!! しかも強すぎる! ヒロイン失格、落第間違いなし!!
「すみません、投降しますから、僕以外はゆるしてやっていただけないでしょうか?」
僕は息絶え絶えになりながら、土下座した。そして同時に、基地づくりの時に使った魔法を使い、地面を宙に浮かせた。それは僕とルーテ様が影に飲み込まれるほどで、小さな島のようである。
死なば諸共、そんな風にルーテ様は受け取ったのか「わ、わかったわ」と頷いた。