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来なぬなら、来させてみせよう、てんぷれ展開

 

 廊下は、茜色の夕陽と伸びた影で寂寥感を漂わせていた。


 母たちの雑談から解放されるのに、こんなに時間がかかるとは思わなかった。


 僕は廊下を小走りで歩き、自室へと戻ると、倒れこむようにしてベッドにうつ伏せになる。


 求めていたのは、こんな異世界生活だったのか……。


 目を閉じ、感慨に耽ると、過去の思い出が蘇ってきた。


 僕こと、リュカ・リンドウは転生者である。


 日本での僕は、自分に見切りをつけた人間だった。


 大人になるまでに、大概の人間は自分の能力に見切りをつける。子供の頃は得意だったものが、上には上の存在がいると知って、さめてしまうようにだ。


 僕はそんな過程を辿ったどころか、人と己を比べ、得意なことなんて何もないし、自分は劣っているとすら思っていた。


 俗に言う、自尊心の低い人間で、他者からの承認を喉から手が出るほど求める人種である。


 何者かになりたい、けれど自分なんかが何者にもなれるわけがない。転生前では、そういう鬱屈とした思いを抱えながら日々を送っていた。


 そんな僕には楽しみがあった。異世界に転生する小説を読むことである。


 小説では、主人公が異世界に転生し、人々から持て囃される。読んで来た小説の全てがそんな内容ではないが、僕はそれが好きだった。


 所詮は物語、空想であり、現実逃避に過ぎない。けれども話の中では、空っぽの承認欲求の器を満たしてくれる。僕がハマったのは自然な成り行きだったのだろう。


 異世界転生の話を読んでいると、人に一時の夢を見せる麻薬のような感覚を覚えた。


 でも、それで良かった。


 麻薬に逃げる人間が弱い人間だとすれば、間違いなく僕は弱い人間である。


 元々、自尊心は低く、強い人間だなんて思っちゃいない。麻薬や酒と違って、人に迷惑をかけることもないし、書籍さえ買わなければお金もかからない。弱い僕にとっては、至上の趣味であると言っていい。


 弱さを肯定し、開き直れば世話がない。周囲はそう思うだろが、それすらどうでもいいくらいに、異世界転生の物語が好きだった。


 現実では圧迫され、趣味に逃避する日々を送っていたが、ある日状況が変わる。


 目を覚ますと、西洋人風の顔立ちをした大きな女性の顔が目の前にあったのだ。


 僕は驚いて声を溢れ出させたのだが、それは言葉にもならぬ泣き声だった。


 異世界転生モノを愛読していた僕は、たったのそれだけで、異世界に転生した、と状況を理解し、内心歓喜していた。夢見描いた異世界に転生できた事が表しようのないくらいに嬉しかったのだ。


 更に嬉しいことは起きる。前世ではなかった体の中を流れる魔力の存在に、生後間もなく気づいたのだ。


 これは、あれだ! 幼い時にしか、魔力保有量が伸びなくて、動けない間は魔力切れで寝るのを繰り返すパターンのやつだ!


 そう思った僕は、徐々に体を流れる違和感の制御になれ、魔法を覚えた。これも良くある設定で、強くイメージすることで魔法を使えるというものだった。


 魔法を覚えた僕は、人の目を盗み魔力切れを繰り返した。その結果、並大抵の魔法じゃ使い切れないほど膨大な魔力を保有するようになった。


 ここまでは良かった。ここまでは良かったんだ。


 3歳になる頃にはあらゆる魔法を使えるようになっていた。もう既に、読んでいた小説でも類を見ないくらいの力を手にしていたのである。


 その時僕は、さあ、これからが異世界転生物語の本番だ、と期待に胸を膨らませていた。


 しかしながら、そこから一切何も起こらなかったのである。


 僕が魔法を使ってみせると、父は「この年でそこまでとは!? 天才だ!?」とは驚かず、「家庭教師を雇わなくて済むなあ」と喜んだ。


 二人の母は優しく、兄とも弟とも仲が良い。間違っても、策略に落とされてからの『ざまあ』な展開にはなりそうもない。


 家臣も誠実そのもので、乗っ取られることを心配するのも気がひける。


 この世界には魔物はいるが、住んでいる付近では村を襲うような魔物はいない。いるのは、森でひっそりと暮らす野生動物と変わらない奴らだけだ。


 勇者も魔王も話すら聞いた事はない。戦争もここ数十年と行われていない。それどころか毎年豊作で、領内には賊すら出てこない。


 幸せで平穏、そんな毎日。文句のつけようのない日々。


 いや、いいんだ。嫌な奴もいないし、愛されているし、幸せ、そう幸せなんだけど……でも絶対これじゃない!!


 ブラコンの姉妹もいなければ、婚約者の幼馴染もいない!! 絡んでくる悪役もやってこなければ、俺なんかやっちゃえるようなイベントも起こらない!!


 このままじゃ何者にもなれないままじゃないか!?


 待っててもテンプレがやってこないなら、こっちから起こさせてやる!!


 僕は拳をあげてベッドから立ち上がった。その瞬間、部屋の扉が開いた。


「兄さま、一人で拳を掲げて何してるの?」


 扉をあけたのはメルだった。メルは不思議そうに首を傾げていた。


「え、えっと、これは……そのなんでもいいじゃないか! それより、メルはなんで部屋にきたんだ!?」


 メルは訝しげな眼差しを送ってきながらも、ポツポツと話す。


「食事だから、父様が呼んでこいって」


「そ、そうか、それなら急ごうか!!」


「あ、兄さま危ないって」


 俺は無理矢理にメルの背中を押して部屋から出る。廊下は既に瞑色に染まっていた。

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