本番
リハーサルを終えた僕は、移動魔法でルーテ様の部屋へと移動した。いや、正確には部屋の外壁。例のごとくヤモリのように張り付いている。
屋敷の外には、シンデレラに出てくるような窓付の馬車が停まっている。繋がれた馬は首をさげ、御者台に乗った男は天を仰いでいた。その近くでは、7、8人の騎士が雑談に興じながら、ルーテ様を待っている。
「危ない! 忘れ物!」
声が聞こえて、室内に目を向ける。ルーテ様がばたんと扉を開いて入ってきた。きょろきょろと辺りを見回したのち、机の引き出しをあけた。
ああ、かわいいんじゃ〜。
紫色の艶やかなショートヘアー。小悪魔な泣きぼくろに長い睫毛と美しい瞳。ツンとした桜色の唇はぷるん潤んでいる。そんな色気を感じさせる顔立ちだけでなく、忘れ物をするドジっ子もとい、天真爛漫な少女感も兼ね備えているのだ。
少女から大人へと変貌していく奇跡の時間、ザ・ミラクル。美少女だから奇跡の奇跡、ミラクル・オブ・ミラクル。ついため息がでてしまうほどの美少女。I let out of a sigh……
僕は一度ルーテ様から視線を外し、心臓のドキドキが治るまで待つ。
「良かった! これを忘れたら旅に出る理由がなくなるところだったわ!」
じゃらりとした金属音が聞こえて、目を戻す。そこにはルーテ様が鞄に何かを詰め込んでいる姿があった。
何を詰め込んでいるか気になる。だがもう仕舞い終えており、鞄から垂れたロープしか見えない。ん? ロープ?
少し引っかかるが、旅なら何かに備えてロープを持っておくことは普通の範疇である。金属音の正体も、恐らくアクセサリーの類だろう。ぎゃんきゃわのルーテ様のことだ、オシャレして旅がしたいに違いない。
「さぁ、急がなきゃ!!」
ルーテ様がちょいと指を動かすと、カバンが浮く。彼女が扉を開けて部屋から出ると、浮いたカバンも続いて部屋から出て行った。
ああ、そういや。稀代の魔法使いとか呼ばれているんだっけ。
ルーテ様の魔法に感心するとともに、高揚感が湧き出した。
やっぱり、ルーテ様はヒロインだ。優秀な魔法使いで、学園でも高嶺の花子さん。詰まるところ、男の影がない、という素晴らしくも素晴らしきヒロイン要素を持っている。
「旅に行くよ!!」
玄関から出てきたルーテ様は、飛び乗るようにして馬車に乗り込んだ。退屈そうにしていた御者は慌てて馬を叩き、馬車を走らせる。その後ろを護衛たちが、えっちらほっちらとついていく。
そんな後ろ姿を眺めながら、感慨にふける。
ついに、ヒロインを手に入れることができるんだ……。