本番当日、リハーサル
「ぐっもーにんぐえゔりゔぁでぃ!!」
草原に並ぶ男たちに向かって、僕は気持ちのいい挨拶をした。
男達は瞼を半開きにして眠そうである。だが、昨日みたいなやる気のなさは感じられず、挨拶もしっかりと返してくれた。
今は早朝。上がり始めたばかりの太陽が、濡れた草原を煌めかせる。空気は美味しく、ひんやりと気持ちいい。
「ご機嫌ですね」
エイリカにそう声をかけられる。他の人間は眠そうにしているのに、どこか張り詰めた表情をしていた。
「おいおい、どうしたんだよ。そう言うお前はご機嫌斜めじゃないか?」
僕がそう言うと、男達からくすくすと笑い声があがる。するとエイリカは恥ずかしそうに顔を赤らめて俯いた。
「?」
首をかしげると、男達は笑いながら話し出す。
「エイリカ様は、今日成功するかどうか心配なんだよ」
「そうそう、自分は演技には参加できないからって、今日までずっと『何かできることはないか』って煩くてさ」
「もう鬱陶しいのなんの」
男達から汚い笑い声が上がる。エイリカの方を見ると、顔を蛸のように赤くしてぷるぷると震えていた。
何だよ、こいつ。僕の成功を憂いて緊張していたのか。
僕はエイリカの頭を押さえつけるようにして、髪をくしゃくしゃに撫でる。
「可愛いとこあんじゃねえかよ!!」
「ひぇ、かわいい!?」
エイリカが裏返った声を出すと、男達に「ヒューヒュー」と茶化される。
まったく、男臭いノリをしやがって。小学生男子かよ。
だが今日の僕は気分がいい。こいつらに合わせて、照れる小学生のように言い返す。
「冷やかされたじゃねえか馬鹿! な〜に、男がテンプレートな反応をしてんだ! 僕はこれからルーテ様っていう美少女にその反応をしてもらいたいのに、フライングするんじゃねえよ!」
「えっ、あ、そうですよね、ははは……」
儚げに笑ったエイリカに罪悪感を覚える。男達も何だか微妙な顔をしている。
「いや、悪い。ちょっと、調子に乗っちまった。頑張ってくれて、ありがとよ」
僕は素直に謝って感謝の言葉を口にした。だがエイリカの表情はもどかしそうな顔に変わっただけ。気まずい空気が流れ始める。
そんな空気を嫌って、僕は手をパンと叩き、男たちに目を向けた。
「おい、お前ら! 遊びもここまでにして、リハーサルを始めるぞ!!」
エイリカは気を取り直したように「そ、そうですね!」と両手をぐっと握る。男たちも「お、おう」と俺に顔を向けてきた。
「じゃあまず、所定の位置から」
そう言って、僕は街道の方を指差した。
「まずは街道を進む馬車を止めないといけない。襲撃したのに、進む馬車にちぎられたら意味がないからな」
僕は「だから」と言って、魔法を使う。すると街道の一部がぬかるんだ泥沼に変わった。そしてさらに、魔法を使うと、沼は元どおりの街道に見えるようになる。
「今一瞬、泥沼になったところがあるだろ。あそこで車輪か馬の脚を止め、馬車の動きを止める。だからその周辺の草むらにでも伏せておいてくれ」
男の一人がそこに近づいていき、街道に触る。すると指が沈み込み、驚愕の声をあげた。
「うえ!? 他と変わらないように見えるのに!?」
僕は反応に満足する。プロジェクションマッピングで投影しているような魔法をかけたのだ。他の箇所と遜色ないように見えるが、あるのは泥沼。ルーテ様たちは、気づかないうちに足を止めてしまうだろう。
「お前ら場所は覚えたな?」
問いかけると頷いたので、次の説明に入る。
「馬車が止まった後は、護衛を襲撃してくれ。だが一人だけ……」
途中で男に口を挟まれる。
「ルーテ様?だったっけ? まあ、お嬢さんを捕らえるんだよな?」
「そう! それに加えて……」
「あんたが登場するタイミングで服を破くんすよね?」
またも口を挟まれて、少しひっかかる。だが、男が手に持っていた服を破いた瞬間、テンションが上がった。
「そう!! まじそんくらい!! 見えるか見えないか……見えない!! びったしの程度!! お前は神か!!」
破かれた服を持つ男は照れ照れと後頭部を掻いた。
「いやあ、褒めるんならエイリカ様を褒めてあげてくれ」
「エイリカを?」
「ああ。自分の部屋に鏡を持ち込んで、服を着て何枚も何枚も破き、そのサンプルを俺にせっせと持ってきてくれたんですよ」
なるほど。男の言うことは理解できた。エイリカが破いた服を参考にして練習した結果、完璧に破けるようになったのだろう。
だが少し疑問を覚える。どうしてエイリカを基準にして、最高の破け具合を手にすることができたのだろう。
ちょっとの間悩んでいたが、体格的に少年で合わせた方が少女に近くなるからか、と納得する。
「よくやってくれたエイリカ」
エイリカを労うと、「絶対に成功させたいですから」と強い言葉が返ってきた。いい心構えだ。
よし。ここまでは順調すぎるくらいに順調。残っているのは一番重要な課題。
「お前たちが護衛を倒し、ルーテ様の服を破いた瞬間、僕が颯爽と現れる」
「それで演技だな」
「ああ! 今からリハーサルを始めるから、所定の位置についてくれ!」
準備を整えたのち、全員で沼近くに移動する。そして男三人と向かい合い、演技を始めた。
近くにいた男を斬りふせると、残りの二人は僕に向かって怒号を上げた。鋭い剣戟を飄々と交わし、致命の一撃を華麗に繰り出す。苦悶の表情で倒れる男たちを尻目に、服を破った男へ悠々と歩み寄る。
「この女がどうなってもいいのか!?」
男は見えない少女の首にナイフをあてた。だが、その男は僕の姿を見失い、きょろきょろと辺りを見回す。
瞬間移動で背後に回った僕はその男の首に手刀を打つ。そして、渋い声で「首を切られたのはお前だったな」と最高にカッコいいセリフを吐いた。
高揚感に震えてきた。
完璧だ、かっんぺきだ!! 見えないルーテ様の目がハートマークになっている!! 見えないけど!!
むくむくと起き上がってくる男たちは、僕に「どうだった?」と目を向けてくる。
「最高だ!! ありがとう皆んな!!」
男たちは照れ臭そうにしているが、褒められて当然のんことを成し遂げている。
「もっと照れていい!! 完璧!! 僕はこれからルーテ様の動向を探ってくる! 次会う時は本番だ!!」
そして僕は「絶対成功させるぞ!」と叫んだ。合わせて男たちも「おお!!」と声をあげた。