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本番前夜

 ベッドを整え終えた義母は僕に顔を向けた。


「ルーテ様の部屋は準備できたわね。手伝ってくれてありがとう、リュカ」


「う、うん。ありがとう」


「どうして貴方が礼を言うのよ」


 義母はくすくすと笑い、僕の頭を撫でてきた。本当に義母はいい人だ。


 心温まる幸福感を覚えるが、乾ききっていない服を着た時のような満ち足りなさも覚える。


「義母さん、他にすることはない?」


 尋ねると、義母は「そうねえ……と顎に手をそえた。


「ルーテ様の部屋は整えたし、香を焚くのは明日、お越しいただく前だし……そうね、もう何もないわ!」


 そう言って、また僕の頭を撫でてくる。そして「リュカが良かったら、他の人を手伝ってあげて」と笑った。


 僕は素直に頷いて、他の人の所へと向かう。


 廊下を歩いていると、リックとばったり出会う。リックは僕に気づくと、手に持った書類を隠すように抱えた。


「別にもうひったくらないよ」


 そう言うと、リックは安堵の息をついた。


「良かったです。今持っているのは、悪徳商人からの手紙ですので」


「前もそんな手紙を持ってたけど、治安が良くないの?」


 リックは首を振った。


「いえ、この領は平和ですよ。近隣の領の商人から、人身売買の広告が来てるんです。最近、盛んになってますけれど、うちでは買う予定も売る予定もないので安心してください」


「そ、そう。本当に平和だね」


「はい!」


 リックは強く肯定し、仕事に戻って行った。


 あ、手伝えることがあるか聞くのを忘れた。


 追いかけて尋ねようか? いや、気分が落ち込んでいて、そこまでの気力はない。


 僕は諦めて、部屋に戻ることにする。


 階段の近くを通ると、楽しそうな声が聞こえて足を止める。声の方に目を向けると、玄関で和気藹々とする父、兄、弟がいた。彼らの足元には取っ手のついた箱と釣竿が並べられている。


「ちちうえ、はやく連れてってよ!」


「まあ待て、母上が弁当を持ってきてくれるから」


「そうだぞ、メル。兄さんと父さんも早く行きたいんだ。なんて言ったって、明日ルーテ様に振る舞う魚が釣れるか、事前に確認しないといけないからな」


 その時、母が呆れた様子で父たちに近づいていく。手にはバスケットを持っており、それを突き出すように渡した。


「はい、どうぞ。釣りにいきたいだけのくせに、ルーテ様とかいう大義名分を使わないでください」


 兄は苦笑して、バスケットを受け取った。


「見抜かれていましたか」


「見抜くも何も貴方たちの母ですから」


 母がそう言うと、兄も父も笑った。


 良い雰囲気。家族仲もよくて、悪いことをする奴もいない。


「あれ? リュカじゃない? 貴方は釣りにいかないの?」


 母が僕を見つけ、そう問いかけてきた。


 あそこに僕が混ざろうと思えば、簡単に受け入れてもくれる。


 だけど満ち足りない。そこに入っていても僕は何も変わらない。ずっと僕のままだ。


「いや、兄さんにも言ったけど、ルーテ様を歓待する手伝いがしたくて」


 僕がそう言うと、母はにっこり笑った。


「リュカは偉いわね。じゃあ、掃除でも頼もうかしら」


 ***


 1日手伝いを終え、部屋に戻る。そして明日に備え、ベッドの中に篭った。


 目を瞑る。視界は真っ暗。瞼の裏か夜の暗闇かわからない。


 ついに明日、本番を迎える。可愛い女の子を暴漢から救い、惚れてもらう、という夢見描いたイベントが迫っているのだ。


 眠る前の妄想、夢の話ではなく、現実におこるのだ。心臓は早鐘を打ち、そわそわとするこそばゆさが収まらない。緊張で眠れなくなる。


 ずっと追い求めてきたテンプレ展開が、僕の妄想が現実のものとなる。欲しくて欲しくてたまらなかったものが、明日には手に入る。


 実際どんな感じなのだろうか。物語を読んでいる時に得た気持ち良さが、現実で僕自身に与えられるのだ。それは数倍いや、何十倍もの快感を僕に与えてくれるかもしれない。


 未知の感覚を想像して、少し怖くなる。だが、すぐに好奇心からくる興奮に塗りつぶされた。


 今まで耐えてきたし、望んできたものを得られるんだ。絶対に素晴らしいものに決まっている。


 僕の人生ではあり得なかったことが、望むことすら馬鹿馬鹿しいと思えたことなんだ。素晴らしくて当たり前、そうでなくては困る。


 明日から僕は主人公だ。有能で、嬉しいことが当たり前に起こる物語の主人公になる。


 ああ、明日が楽しみだ!!



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