演劇の練習1
「そこまでだ!」
僕は街道にいる3人の男の前に躍り出る。
「な……なんだ、貴様は……!?」
僕は駆け出して詰め寄り、手に持った木の棒で声を発した男を切り伏せた。
ぐらりと崩れ落ちた男を見て、残りの二人は剣を抜き、僕に襲いかかってくる。
「こんのやろうううううう!」
「くらえー」
二人掛かりの絶え間無い剣戟を僕は簡単にいなす。
「くそおおおおおおおおおおお」
疲労によって隙が大きくなってきた。僕は大縄跳びに入るときのように、剣と剣の合間をぬって二人の中心に詰める。そして円を描くように木の棒を振り、二人を切り倒した。
「やられたああああああああ」
「ツヨスギル」
僕は手に持った木の棒を、おもいっきり地面に投げつけた。
「ちっがう!!!!」
街道に倒れ込んでいた3人の男たちは、ゆっくりと起き上がり、気怠げな視線を向けてくる。
「もう、何が不満なんだよ」
「不満に決まっているだろうが!! なんだその大根っぷりは!!」
「はあ? どういうことだ? わかるように話してくれ」
「もっと本気で演技しろよ! そんなんじゃルーテ様を騙せないだろ!?」
僕は今日何度目かわからない台詞を吐いた。
殺さないよう芝居で乗り切ることに決めたのは良いが、こいつらの演技がここまで酷いとは思いもしなかった。
日が高い頃から練習し始めたのに、上達する気配がないまま、もう夕暮れだ。野原の奥に大きな夕陽が沈み込もうとしており、反対の空は冥色に染まっている。
「まずは『な……なんだ、貴様は……!?』のお前! カッコつけるなって言ってるだろ!」
「それの何がダメなんだよ。むしろ、上手いと思わないか?」
「上手いから余計ダメなんだよ! 襲ってる最中に、そんな溜めを作って驚くわけないだろ!!」
僕が怒鳴りつけると、叱られた男は、口をへの字に曲げてそっぽを向いた。
「次は『くそおおおおおおお』と『やられたああああああああ』のお前! それは何!? そんなわっかりやすい悔しがり方する人間いるわけないだろ!!」
「俺はそう悔しがるけど……」
「普通はいないの!! それに語尾が強すぎるんだよ! もうちょい短く切れ!」
再びそっぽを向かれる。最後に残った男に目を向ける。
「最後はお前! シンプルに下手! 学べ!」
渋い顔する三人に言い終えると、息が切れ、膝に手を置いた。
「出来た! こんな感じでどうだ!」
4人目の男が駆け寄ってくる。ビリビリに引き裂かれた布片の山を、手を水をすくう時のようにして持っていた。
「ちっがう!! それじゃ、大事な部分が隠せないじゃないか!」
最後の男には、ルーテ様の服を破いて襲おうとする奴、という役割を与えたのだが、それじゃ破きすぎた。アニメや漫画ではサービスシーンとなる大事な場面なのに、手から溢れるくらいに破ってしまえばコードに引っかかってしまう。そうなればもう、テンプレからは遠ざかってしまう。
「言われた通りにやっただけなのに……」
男は怒鳴られて明らかに拗ねた。くそ、筋骨隆々のやつに拗ねられても全く可愛くない。
ああ、疲れた。もう辞めたい。
諦めそうになるが、いやいや、と首をふる。
僕はルーテ様に惚れられるって決めたんだ。今まで何も起きなかった異世界生活に、やっと潤いが生まれるかもしれなんだ。こんなことで諦められる訳がない。
「怒鳴って悪かった。どうすれば、出来るようになるか考えよう」
4人に頭を下げた。しかし男たちに渋い顔で無視される。
勿論、無理矢理に演技させて、満足できないから、とあたった自分が悪かった。それは、重々に理解している。だが、どうしても怒りの感情が表に出そうになる。
僕はぐっと堪え、無理矢理に笑みを作る。
「いや〜、みんなが良くできてるから、もっと出来るんじゃないか、とつい熱くなっちゃて」
「わかってんなら許してやるよ」
明らかに上からの物言いに苛立つも我慢し、にこやかに尋ねる。
「ごめんごめん、皆んながもっと上手くなるために、どうしたらいいか考えようよ」
「いや、俺たちなりにはベストだったけどな、なあ?」
男の一人がそう言うと、残りも同意するように頷いた。
こいつら……。今日の昼間、俺の為なら死んでも良いって、言ってたよな?
殺意が湧く。しかし、基地を共に作り上げた感動が蘇ってきて、薄れてゆく。
「あの……」
小さな声が聞こえて振り返る。そこには恐る恐る手をあげたエイリカがいた。
エイリカには襲撃に参加させない予定なので、今日も食料を取りにいかせていたのだが、いつの間にか戻ってきていたらしい。
こいつの話を聞くとロクなことにならないし、無視してやってもいいのだが、渋ヅラ男共の気を引けるなら、と笑顔で問うてみる。
「なんだい?」
「え、きも……ごめんさい。ちょっと印象違くて」
「い、い、か、ら。話してごらん」
僕はこめかみがぴくぴくと動くのを感じながら、エイリカに続きを促した。
「は、はい。あの、僕が思うにですね。みんなと貴方の見えている絵が違うんだと思います」
相変わらず正論だ。こっちだって、言われなくてもそんなことに気づいている。何度も必死に伝えようとしてるのだが、上手くいかないのだ。
「みんなは、あまり演劇とか知らなくて、僕も知らないんですけど、それでも自分なりに頑張っているように見えて」
「ああもう! わかってるよそんなこと!」
くそっ、本当、心を抉るダメージを与えてくるガキだ。全部力のない僕が悪いのはわかっている。
「いえ、皆を庇う訳じゃないんです。不貞腐れてるのは悪いことだし……」
「もういいよ!」
僕はそう言って、エイリカの言葉を遮った。
ああ気分が良くない! だけど、こんな事で諦められる気には到底なれない。
「今日はもうおわりっ! 明日の朝からまた練習するからな!」
「……まじかよ」
僕は男達の嘆く声を背中に受けながら帰宅した。