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ルーテ様のじじょー

 

 エイリカに食べられるものを教えた後、僕は急いで家まで帰った。


 住処の予定地を出たのは昼過ぎくらいだというのに、今はもう夜空に月が映える時間だ。


 僕は汗だくのまま自室に駆け込み、息が整うのを待たずして、着ていた旅人風のローブを脱ぎ捨てた。


 ばくばくと鳴り響く心臓の辛さに耐え、籠に入れられた布を取り出し、乱雑に汗を拭き取っていく。


 一通り拭き終えると、慌てて私服を身に纏いながら部屋の外に出た。


 すっかりと暗くなった廊下を僕は走り、食堂の前で立ち止まる。そして、一呼吸置いてゆっくりと扉を開いた。


 食堂では、父とメルが席についており、リックは給仕役として脇に立っていた。テーブルの上に料理が並べられていないことを確認し、僕はホッと息をついた。


 良かった。変に怪しまれないよう、急いで帰ってきたが、食事時にはどうやら間に合ったようである。


「まだ全員揃ってないようですね」


「うむ、さっき声をかけたばかりだからな」


 僕は、荒れた呼吸を精一杯抑えながら、悠々と席に座る。


「兄様、汗臭い」


 生意気言ったメルの髪を片手でわしゃわしゃしていると、父が話しかけてきた。


「リュカ、さっきお前に声をかけてくるよう、メルに頼んだのだけれど、どうやら部屋にいなかったらしいじゃないか」


「ええ、まあ」


「そういえば、昨日も今日も一日姿が見えなかったようだけど、何処に行っててたんだ?」


「ええと……」


 父の問いかけに少したじろいだ。


 まさか、ルーテ様のストーカーや、賊の住処を作ってました、と答えるわけにも行かない。


 なんて答えようか僕が考えを巡らせていると、父の眉はひそめられた。


「何か言えないことでもあるのか?」


 何の気なしだった父の表情が疑ぐり深げなものへと変化し、心臓が跳ねる。


「そ、それはですね……」


 僕が言い淀んでると、メルが笑顔で大きな声を出した。


「兄様は何か頑張ろうとしてるんだよ!」


 父の丸い目が向けられる。僕も驚いてメルを見た。


「だって兄様、一昨日一人で拳を掲げてたもん! 僕が聞いても教えてくれなかったから、多分内緒のことなんだよ!」


 父は首を捻って、リックに尋ねる。


「一昨日って何かあったか?」


 父の問いを向けられたリックは、少し遅れてニヤニヤ顔に変わる。


「ほら、あれですよ。侯爵令嬢の」


「はは〜ん。なるほどな」


 リックから伝線したニヤニヤ顔を父が俺に向けて来た。


 やたらと粘ついた視線に、僕は顔が熱くなってくる。


「いや〜、リュカももう、そういう年頃かぁ」


「時の流れというのは早いですね当主様」


 ニタニタする二人に、さらに熱が顔に上ってくる。


 父やリックからは、未だ見ぬ令嬢に夢見て、近づこうとする少年という風に見えているのだろう。


 恥ずかしい。二人は誤解しているが、半分正解しているというのもさらに恥ずかしい。


 実際のところ、僕がルーテ様に惚れてもらおうとしていることは事実である。


「ち、違うって!」


 羞恥心に耐えかねて否定すると、二人の顔がさらにニヤける。


「青春ですねえ、当主様」


「うむうむ。若いって良いなぁ」


「違うって言ってるじゃないですか!」


「いやいや、私たちは何も言ってないですよ、ねえ当主様?」


「その通りだリック。ところでリュカ、今日は令嬢に似合いそうな花でも見つかったか?」


 父とリックは「ぶはははは」と大きな笑い声をあげた。


 ああもう、鬱陶しい!


 僕は腹いせに、置いてけぼりになっているメルの柔らかい髪をくしゃくしゃに撫で回す。メルは、いやいや、しているが、容赦なく撫で回す。


「いや〜、すまん、すまん、リュカ。やめてやってくれ」


 父の言葉に従い、渋々手を膝に戻す。メルは恨みがましげに僕の方を見てきたが、無視することにした。


「それにしても、これは私も令嬢が来るのが楽しみになってきたな。リック、何か令嬢のことで知っていることはないか?」


 リックは腕を組んで目を瞑ったのち、おずおずと話し始める。


「今度いらっしゃるルーテ様は、とてもお美しい方らしいですよ」


「おお! 良かったなぁ、リュカ」


 再び二人が「ぶはははは」と笑い声をあげる。


 くっ、なんかわからないけど屈辱だ。


 腕を上げかけると、ぐいとメルの両手に抑え付けられた。チッ、バレてやがる。


「その上、ルーテ様は学園でも優秀らしく、稀代の魔法使いとの噂です」


「へえ、流石は侯爵令嬢だなぁ。だとすれば、周りからひっきりなしに、婚約の話が届いてるだろうなあ」


「いえ、ルーテ様に限っては、そうでもないらしいですよ」


 リックの言葉に疑問を抱く。


 あれ、侯爵令嬢は美女揃いで、縁談が山ほどあるって話じゃなかったっけ?


「どういうことだ?」


 父も疑問を抱いたようで、リックに尋ねた。


「よくわかりませんが、ルーテ様は学園で学友から距離を置かれてるらしく、そのことが貴族達に二の足を踏ませているそうですよ」


「はあ、なるほど。高嶺の花ってやつか。魔法の才があって美女、確かにそれだけで近寄りがたいだろうな」


「予想にすぎませんが、僕もそう思います。侯爵家という家格も相まって、おいそれとは縁談を口にできないのでしょう」


 父とリックの話を聞いて、僕は内心歓喜していた。


 高嶺の花だって? みんなが手を出せない憧れの存在が、僕のことを好いてくれるなんて、どれほど気持ちいいだろうか!?


 ああ、楽しみだ!! 僕が独占禁止法を破り、ルーテ様の心を奪うとか、もう胸が踊りすぎる!!


「ど、どうしたんだリュカ、いきなりニヤケて? 手が届きそうもないことが、そんなにショックだったのか?」


「だ、大丈夫ですよ坊ちゃん。最初から侯爵令嬢ってだけで、ゼロパーセントだったんですから、高嶺の花とか聞いても今更でしょ?」


「ああ! リックの言う通りだ! 父さん達もお前の春を微笑ましく思っていたんじゃなくて、淡い夢を微笑ましく思ってたんだから!」


 フォローが絶望的に下手くそな二人への怒りを堪え、抑えられてない方の手をメル頭におく。そしてそのまま、ぐしゃぐしゃに撫で回す。


 まあいいさ、今は好きなことだけ言ってれば。まずは、賊の住処作りを終わらせよう。ああ、出来上がりが凄く楽しみだ。


 設計した秘密基地の完成を脳内に描き、大人二人の言葉をシャットアウトした。




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