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違う、そうじゃない

 

 屋敷の長閑な中庭。春らしく、赤や黄色の花が鮮やかに色づいていた。薄い黄緑の芝の上を白い蝶々が飛び回り、低木の上では、青い小鳥が二羽じゃれている。


 風は柔らかく、日差しは麗らか。真っ青な空には大きな雲が二つ流れている。視線を少し下げれば、遠くに空を突き抜けそうな大樹が見えた。


 僕は、庭の端にある池まで歩き水面を眺める。そこには、さっき見た呑気な空と美麗な少年の顔が映っていた。


「リュカ、こんな所で何をしているんだ?」


 声の方を向くと、玄関の扉が開いており、そこに銀髪の男性が立っていた。


 目元に皺があり、優しい面立ちの彼は、僕の父である。


「なんとなく暇で」


「そうか。暇というのは良いことだ」


「あの、訓練とか、勉強しなさいとかは?」


「うん? したければ好きにすれば良いと思うが、別に必要ないだろ」


「だ、だよね……」


 僕が頷くと、父は満足そうに笑い、門の外へと出ていってしまった。


 一人で散歩するのは父の習慣である。治安が良く、平穏極まりないからこその趣味に違いなかった。


 父は三村の土地持ち貴族だ。仕事は日々多忙を極めおり、さらなる権力に目をぎらつかせている人種……とはかけ離れている。仕事は家臣に任せて判子を押すだけ、今以上の生活は求めず質素倹約を好む。それが父である。


 だが、そんな領主では、奸臣に隙を狙われるというもの。僕は家に入り、目を光らせて、執務室へと向かった。


 日が差し込む陽気な廊下を歩き、執務室に入る。そこには、大きな長机に向かい合っている男がいた。視線の先には広げられた紙があり、そこに向かって羽ペンを走らせている。


「ねえ、何を書いているの?」


 尋ねると、彼は手を止め、僕に顔を向けた。


 この素朴な顔立ちの青年は、内政を担当する従士のリックである。


 彼は若い。我が家のような田舎で働かず、いつか都会に出て大きくなる、そんな野心を持ってそうな年頃だ。


 しかし、そんな態度は噯にも出さず、のうのうと働いているのである。


 これは何か悪い事をしていて、王都にいく以上の利を得ていてもおかしくない。


「今ですか?」


「うん、今」


 僕が頷くと、リックはバツの悪そうな顔に変わった。


「見せて」


 僕は、すぐさま距離を詰め、机に広げられていた紙を奪い去った。


「ああ!? 見ちゃいけません!」


 慌てて伸ばされたリックの腕を軽く避けて距離をとる。


「リック。何かやましいことでもあるのか? だとすればもう逃げられないぞ!」


 僕はリックにそう告げて、奪い取った紙に目を落とす。


「なになに……え〜、私に賄賂を持ちかけてきた商人を罰していただきたく……」


 読み上げていると、今度はリックに紙をひったくられる。


「もう、いいでしょ。坊ちゃん、こういう悪さをしてくるものはいますけど、絶対に与してはダメですからね」


「え、その。リックが悪いことして隠したんじゃないの?」


「違います。坊ちゃんが悪い商人の名前を覚えないようにするためです」


「そ、そうなんだ」


「そうですよ。なんで、僕が悪いことをしてると思ったんですか?」


「だって、リックも若いし、大きな夢をみずに燻ってるなんて……」


 リックは大きな溜息を吐いた。


「何を言うかと思えば……。坊ちゃん、僕は描いた夢の中にいるのです。生まれ育った村の領主に尽くすという大きな夢の中です。夢の中で夢を見られるほど、僕は器用にできてませんよ」


「そ、そう。ありがとうごめんね」


 僕はバツが悪くなって、廊下へと出た。すると、すぐに声をかけられた。


「兄様!!」


 少女と見紛いそうな可愛らしい少年がトテトテと駆け寄ってくる。


 僕は屈みつつ、大きく手を広げて受け止めた。


「どうしたんだメル?」


 メルは顔を上げて、にぱっと笑った。


「お母さま達がお話ししてて遊んでくれそうにないから、小さい方の兄様を見つけたのがうれしくて!」


 この愛らしい少年は弟のメルだ。彼は4歳と幼い。


 僕と弟のメルは血が繋がっている。けれど、兄と僕とは半分しか血が繋がっていない。それは、僕とメルの母は側室で、兄の母は正室だからだ。


 基本、側室の子と正室は仲が悪い。別腹の子供同士も、継承権の問題で、基本的には仲が悪くなるのが相場だ。


 メルはまだ幼く、そういったものがわからない為、正室を母だと思って接し、邪険にされたのかもしれない。だとすれば、僕を頼ることしか出来ないのも無理からぬことであろう。


 だが、4歳にして僕しか頼れないなんて、そんな悲しいことがあって良いはずがないのだ。この天使のような弟が、邪険にされるなんてあり得ない。そう、あり得ない、あり得ないんだよなあ……。


「よし、メル。お母様に文句言ってやろう」


 僕はメルの柔らかい髪をくしゃくしゃに撫でた。するとメルは、嬉しそうにはにかみ、もう、と言って、手を払いのけてきた。そして、僕の手を引き「こっち!」と案内してくれる。


 そのまま、メルに連れられて、部屋の前に立つ。扉の向こう側では、兄の声と女性の笑い声が聞こえる。


 僕はノックをして扉を開いた。


「失礼いたします」


 部屋の中では、正室の義母と側室の母が、白いテーブルを囲んで談笑していた。傍らには兄が立っており、どこか疲れた表情をしている。


「あら、そんなに急いで入ってきてどうしたのですか、リュカ?」


 母が、えらくのんびりとした口調で問いかけてきた。


「お、お母様も一緒におられたのですか……。いえ、実はメルが遊んでくれないと」


 僕がそう言うと、兄は大きく笑った。


「ははは。4歳の子に気を遣われるなんてな。いつでも遊んでやるというのに」


「だって、水差しちゃダメだと思ったんだもん」


 唇を尖らせた弟を兄はひょいと担ぎ、そのまま肩に乗せた。そして「じゃあ母上達、メルと遊んで参ります」と言い残し、部屋を立ち去った。


「あら、リグルが行っちゃったわ」


 と母が言うと、義母が「まあ良いじゃない。別の息子が来たわけだしね」と微笑んだ。


「あの……僕はこれで」


 兄はこの二人の肴になることから逃げたか、と思ったときにはもう遅く、義母から声をかけられる。


「ほら、リュカ。ここに座りなさい」


「そうよ、私達の話に付き合いなさい」


「……はい」


 僕は彼女らの元へと歩みながら思う。


 平和だ、穏やかな家庭だ、幸せだ。


 ……でも、そうじゃない。そうじゃないんだ。僕の求める異世界は。

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