93話 妹は『妹らしさ』が気になります
翌日の放課後。
いつものように結衣と一緒に帰る。
俺たちの関係に周囲はすっかり慣れたらしく、今は落ち着いたものだ。
まあ、やっかみの視線は今でも飛んでくるけどな。
「……」
なにやら、結衣が難しい顔をしてた。
眉間にしわを寄せて、じーっと一点を見つめながら歩いている。
彼氏の俺のことなんて……フリだけどな……気にならないみたいだ。
「なあ、結衣?」
「……」
「おーい、結衣」
「……」
「ゆいゆい」
「ふぇっ!?」
妙なあだ名で呼んでみたところ、反応があった。
「な、なんですか? というか、ゆいゆい……って」
「気にするな、なんとなくだ」
「なんとなくですか……な、なかなか悪くないですね……新鮮というか、親しみがぐぐっと増したというか……兄さんにあだ名で呼んでもらっちゃいました……えへ♪」
「結衣?」
「な、なんでもありませんからねっ!? 兄さんのことを考えていたとか、そんなことはありませんよっ! いえ、考えるには考えていたんですが、い、良いことじゃありませんからね!?」
「お、おう?」
ちょくちょく、結衣は挙動不審になるんだけど……
なんでだろうな?
俺のことが嫌いだから、一緒にいるのが辛くて……とか?
……やばい。そう考えたら、凹んできたぞ。
「結衣は……俺のこと、嫌いか?」
「えっ!? ど、どうしてそんな話になるんですか?」
「いや、ちょっと聞いておきたくて……それで、嫌いか?」
「そ、そんなことは……というか、むしろ……」
「むしろ?」
「す、すすす……」
ぼっ、と結衣が赤くなる。
「やっぱりダメです!」
「えっ?」
「こんなこと気軽に言えませんし、シチュエーションが大事なんです! こ、こんなところで、気軽に、だ、だだだ、大事なことを言わせようとしないでください! 兄さんのばかっ」
よくわからないが、怒られてしまった……
あかん。本気で凹む。
「え、っと……それで、なんですか?」
「うん?」
「うん、じゃないですよ。兄さんの方から声をかけてきたんじゃないですか」
「ああ、そうだった。えっと……なんか悩み事か?」
「えっ……ど、どうしてわかったんですか?」
「そりゃわかるさ。結衣のことだからな」
「兄さん……そんなに私のことを見てくれているなんて……ああもう、うれしいです、うれしすぎますよ……やばいです、頬が言うことを聞きません……に、ニヤニヤしてしまいそうで……えへ、えへへ♪」
今度は、機嫌良さそうになった。
年頃の女の子の心は、秋の天気のように変わりやすいな。
「それで、悩み事でもあるのか? よければ相談に乗るぞ」
「それは……」
しばしの逡巡の末、結衣は口を開いた。
「悩み事というか、気になることがありまして……ちょうどいいので、兄さん、答えてくれますか? あの、その、決して兄さんのことが知りたいわけではなくて、ここには、たまたま兄さんしかいないから、仕方なく兄さんに聞いているだけですからね? 他意なんてありませんからね?」
「うん? よくわからんが、変な勘違いはしないから大丈夫だ」
「あのですね……兄さんから見て、私はどう見えますか?」
どう見える……か。
ずいぶん、抽象的な質問だな。
「そうだな……すごくかわいい女の子かな」
「かわっ!?」
「勉強ができて運動ができて、優しいし……やっぱり、かわいいし。美少女、って言葉がよく似合うだろうな」
「ふぁ……」
ぼんっ、と結衣が再び爆発する。
「か、かわいい……兄さんに、かわいいって……かわいい……かわいい……えへ……えへへ……ふぁ♪」
「結衣?」
「って、そうじゃなくてですね!」
ハッと我に返った様子で、結衣が大きな声をあげる。
「そういうことを聞いているんじゃありません」
「じゃあ、どういうことだ?」
「えっと……すみません。私も、言葉足らずでしたね。私が聞きたいのは、兄さんから見て私は、どんな『妹』ですか?」
「どんな……?」
「ほら、その……色々あるじゃないですか。良い妹とか悪い妹とか……あるいは、わがままとか、聞き分けがないとか、らしくないとか……兄さんから見た私は、『どういう妹』なのか教えてくれませんか?」
これはこれで、難しい質問だな。
うーん、結衣がどんな妹……か。
「……よくできた妹、かな?」
「よくできた……ですか」
「さっきも言ったけど、勉強も運動もできる優等生だから、手がかからないし……わがままも、ほとんど言わないし……よくできた妹だと思うぞ」
「……世間一般でいうと、そういう『よくできた妹』は多いと思いますか?」
「少ないんじゃないか? 俺の友だちの妹なんかは、甘えたがりで手のかかるらしいし……漫画とかでも、そういう妹の方が多いだろ」
「……つまり、私は……世間一般の定義から外れた妹ですか……」
なぜかわからないが、結衣がショックを受けていた。
今の話で、ショックを受ける要素なんてあったか?
よくできた妹っていうことで、遠回しに褒めてみたつもりなんだけど……




