89話 妹とみんなで遊園地に行こう!・9
「じゃあ、またねー!」
「さようなら、結衣。先輩」
駅から少し歩いたところで、明日香と凛ちゃんと別れた。
遠ざかる二人に手を振り……
完全に見えなくなったところで帰路に戻る。
「今日は楽しかったですね、兄さん」
「ああ、そうだな。遊園地なんて久しぶりだから、ついつい子供みたいにはしゃいじゃったよ」
「今日の兄さん、なんだかかわいかったですよ?」
「からかわないでくれよ」
「本心ですけど?」
「なおさら悪い」
「ふふっ」
結衣は笑顔を浮かべていて、ごきげんだ。
楽しい時間を過ごせたようで、なによりだ。
「んっ」
ぐぐっと、歩きながら背伸びをした。
重くなっていた体が、少しだけ軽くなったような気がする。
「疲れましたか?」
「んー、ちょっとだけな」
「……すいません、私のわがままに兄さんを付き合わせてしまって」
「別に謝ることなんかないって。俺も楽しかったし、無理矢理付き合わされたわけじゃないんだから」
「本当に、なんとも思ってません?」
「思ってないよ」
「そうですか……よかったです」
たまに、こうして俺の顔色をうかがう時があるんだよな。結衣は。
それは、母親のことに起因してるのかもしれない。
信頼していた母親に置いていかれたから、相手の心をうかがうように……
俺の考え過ぎなのかもしれないけど……
結衣のことは、たまにだけど、そんな風に見える時がある。
気のせいだといいんだけど……
もしも、俺の勘が正しかったら……どうしたらいいんだろうな?
なんとかしてやりたいと思うが、問題が問題だけに、どうしていいかわからない。
数学の問題のように、回答が一つだけならいいんだけどな。
「……ど、どうしたんですか、兄さん」
「え?」
「さっきから、じーっと私のことを見つめて……え、えっちですよ」
「いやいやっ、まった! 別に変なことは考えてないから!」
「本当ですか?」
「本当本当!」
「そうですか……あのことに気づいているのではないかと、焦りました……でもでも、まったく気づいてもらえないのは、それはそれで寂しいというか……うぅ、もどかしいですね」
「なんのことだ?」
「なんでもありません!」
「お、おぅ?」
たまに、結衣は挙動不審になるんだよな。
どうしてだろう?
考えるものの、答えは出ない。
まあ、不機嫌になることはほとんどないから、怒ってるわけじゃないだろう。
それならそれで、まあいいか……と、適当に納得する俺だった。
「さっきの繰り返しになりますけど、今日は、ホントに楽しかったですね」
「そうだな。こんなに遊んだのは、久しぶりじゃないか?」
「最近は、ずっとテスト勉強をしていたから……その反動で、いつも以上に楽しめたのかもしれませんね」
「あー、それはあるな。まったく遊ばないで真面目に勉強したの、何年ぶりだろ?」
「年単位なんですか……」
「まあ、テストは無事に終わったからな。これからは、また、たくさん遊ぶことができるぞ」
「え? そ、それは、私とデートをしたい、って……い、いえいえ、兄さんのことですから油断はできません。思わせぶりなことを口にしておいて、肩透かしを喰らうこと、数え切れないほど……ここで喜んでは……」
「今度、デートするか?」
「ひゃい!?」
ぴょーんと結衣が跳ねて、変な声を出した。
「に、ににに、兄さんっ、今、な、ななな、なんて?」
「ん? だから、デートでもするか、って」
「で、デート!?」
夜道で暗くて、よくわからないけど、結衣が赤くなってるような?
……もしかして、照れてる?
そんなわけないか。
「に、兄さん。本気ですか? 冗談とかじゃありませんか?」
「なんで、そんな冗談を言わないといけないんだよ。本気だって」
「に、兄さんからデートに……! あぁ、今日はなんて素晴らしい日なんでしょう。つ、ついに、私の想いが通じた……? 兄さんが、応えてくれて……あっ、でもでも、それはそれで恥ずかしいといいますか……私の気持ちを知られてしまうのは、心を見られているみたいで……はううう、大変です! 胸がぽかぽかして、思考回路がショートしてしまいそうです!」
「テストがあったとはいえ、最近、デートしてなかったからな。ここらでしておかないと、今後のフリに影響するかもしれないからな」
「……アー、ハイ。ソウデスネ」
急に、結衣の目がどんよりと曇る。
「……『フリ』のため、でしたか……ホント、兄さんは、こうして肩透かしを食らわせるのがうまいんですから……今の言葉に、私がどれだけトキめいたか……うぅ……兄さんのばか」
「結衣?」
「あ、いえ。なんでもありませんよ?」
なんでもないというわりに、頬を膨らませている。
なにやら小声で、『これだから』とか『もしかしてわざとですか』とか聞こえてくるが、なんのことかわからない。
「……そうですね。デート、しましょうか」
「よし、決まりだな」
デートにかこつけて、今以上に結衣と仲良くなりたい……という下心があった。
以前よりは、だいぶマシになったとはいえ……
時々、結衣はきつい態度になるからなあ。
慕ってほしい、とまではいかなくても、世間一般の普通の兄妹くらいには仲良くなりたい。
「結衣は、行きたいところはあるか?」
「そうですね……今は、すぐに思いつきませんね。今日は、とても楽しい日でしたから……次のことは、しばらく考えられないかも」
「それもそうか」
「今、決めないといけないことじゃないですから、後で話し合いましょう。それに、デートのことばかり考えてられませんよ? 期末に備えて、平日は勉強をしておかないといけませんし」
「あー……そうか、期末があったんだな」
中間テストは終わったが、一ヶ月もすれば期末テストが待ってる。
一学期の間に、二度もテストするのやめてくれないかな? 一度でいいじゃん。
「今回みたいなことにならないように、ほどほどにしないといけないか」
「そういうことです」
テストが終わったばかりなのに、もう次の期末のことを考えてるなんて……ホント、よくできた妹だ。
「その、あの……デートはたくさんできませんけど、それ以外のことなら……できますよ?」
「ん? それ以外?」
「もう、兄さんは鈍感ですね」
「って、言われてもな……」
結衣は、チラチラと俺の顔と手を見る。
どこか恥ずかしそうにしてて、それでいて、期待するような感じで……
「……手、繋ぐか?」
「あ……はいっ!」
これで正解だったみたいだ。
手を繋ぐと、結衣はうれしそうに微笑んだ。
夜空で輝く月のように、とても綺麗だ。
「こ、こういうことなら、いつでもどこでもできますからね。これからも、積極的にスキンシップを図りましょう。か、勘違いしないでくださいね? 私がしたいわけじゃなくて、あくまでも『フリ』のためですからね? ホント、それだけですからね?」
「わかってるって」
「ホント、兄さんは鈍いですね……でも、今はこのままで……」
月明かりの下、俺と結衣は手を繋いで家に帰った。




