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79話 妹はごほうびを希望します

 みんなで駅前に繰り出して、ごはんを食べて、一緒に遊んで……

 瞬く間に時間が流れた。


 正直、よく覚えていない。

 というのも、明日香の告白があったからで……


 もしかして、夢?

 ……そんなわけないか。

 さすがに、それは自分に都合がよすぎるというか、明日香に失礼だ。

 明日香に告白された……それは、事実だ。


 まさか、明日香が俺のことを好きだったなんて……

 気の合う異性の友だち、仲の良い幼馴染、って思ってたんだけど……

 いつの間に、そういう感情を?

 人間関係って、なかなか難しいな。


「兄さん? どうしたんですか、ぼーっとして」


 家に帰り、夕飯を食べて……この辺りも、よく覚えてない……リビングでテレビを見ていると、結衣が俺の顔を覗き込んできた。


「あっ、いや……なんでもないよ」

「ウソです。兄さん、変でした」

「それは……」

「って、聞くまでもありませんね。明日香さんの告白のこと、まだ受け止められないんですか?」


 妹は全てをお見通しのようだ。

 ……まあ、俺がわかりやすいだけなのかもしれないが。


「まあ……な」

「うれしくないんですか? 明日香さん、とても綺麗な人ですよ? 女の子として、とてもレベルが高いと思います。そんな人から告白されたら、普通は、喜ぶと思いますが」

「あー……いや、な」


 明日香のレベルが高いことはわかる。

 日頃は、あーだこーだ、からかったりからかわれたりしてるものの……

 なんだかんだで、あいつは普通にかわいい。

 気も利いていて、『美少女』といっても問題はない。


「結衣の言う通り、喜ぶのが普通なんだろうけど……ただ、戸惑いの方が大きくてさ。今まで、そういう目で見たことがないから」

「兄さんは鈍いですね」

「うっ……」

「どうして、恋愛ごとになるとそこまで鈍くなるんですか? 天然記念物レベルですよ、その鈍さは。女の子泣かせですね」

「ごめんなさい……」


 よくわからないが、とんでもなく悪いことをしてるような気分になってきた。


「ちょっと言い過ぎました。気にしないでください。半分は、八つ当たりのようなものですから」

「うん? なんで、結衣が八つ当たりをするんだ?」

「はぁ……そういうところ、ホント、鈍感ですよね」


 虫を見るような目が!?


「それで、どうするんですか?」

「どうする……って?」

「明日香さんのことに決まっているじゃないですか。告白の返事ですよ、返事。付き合うんですか? それとも、振るんですか?」

「それは……明日香にも言ったけど、ちょっと時間が欲しい」


 明日香のことは嫌いじゃない。むしろ、好きだ。

 でも、それは友だちとしてであって、異性としてではない。


 なら、告白は断るのか?

 ……すぐに答えを出すことはできなかった。


 明日香のことを、きちんと考えたいから……

 告白の返事を、適当にしたくないから……

 だから、時間が欲しいと言った。


 ずるい答えだと思うが……

 明日香は、『元から、すぐに返事をもらおうなんて思ってないわよ』……と、笑顔で承諾してくれた。


「これから、明日香のことを考えてみるよ。幼馴染としてじゃなくて、女の子としてどう思っているのか。俺の気持ちを探してみる」

「そうですか……うん。しっかりと考えてあげてくださいね」


 俺の応援をするように、結衣は笑顔を浮かべた。


「結衣は、反対しないのか?」

「どうしてですか?」

「もしも、俺が明日香を選んだら、『彼氏のフリ』は続けられないし……そうならないように、今まで、色々としてきたじゃないか」

「えっと……今までのことは忘れてください。あれは、私がどうかしていました。不安と嫉妬で、ついつい、暴走してしまいました」


 不安はわからないでもないが、嫉妬はどういうことだ?

 俺と明日香に嫉妬した?

 まさかな。


「明日香さんは、私にとって姉さんみたいな人ですし……もしも、兄さんが明日香さんと付き合うことにしたら、その時は祝福しますよ」

「そうなのか……?」

「最も……どうぞさしあげます、と兄さんを素直に渡すつもりはありませんけどね。私の方が兄さんのことが……ではなくて。ま、まだまだ彼氏のフリをしてもらわないと、色々と困りますからね。明日香さんより私の方を見てもらうように、努力していきます」


 ともすれば、恋のライバルにするような宣言に聞こえる。

 結衣と明日香が俺の取り合い。


 ……んなわけないか。

 都合の良い妄想はやめておこう。

 でないと、結衣に虫を見るような目を向けられてしまう。

 兄として、それは勘弁願いたい。


「じゃあ、ひとまずは今まで通り、っていうことか?」

「そうですね。ギスギスなんて、もうごめんです。ライバルであっても、仲良くしたらいけない、なんてことはありませんからね。楽しく、笑顔でいきましょう」

「お、おう?」


 結衣のやつ、なにか、変わったような……?

 なんだろうな……うまく言えないんだけど、心の余裕を感じられる。

 なにが、結衣の心を変えたんだろう?


 ……恋?


 まさかな。


「ところで、兄さん。聞き忘れていたんですが、テストはどうでしたか?」

「ああ、問題ないよ。全科目、平均点は越えた。で、得意科目はそれなりの数値を叩き出したぞ」

「そうですか。兄さんのことだから赤点、なんてことも予想していたんですが……そんなことにならなくて、何よりです」


 もう少し、兄を信頼してください。

 妹からの信頼が低くて、泣けてくる。


「そうだ。なにか、してほしいことはないか?」

「え? なんですか、いきなり」

「結衣も、無事にテストを乗り越えただろ? そのごほうび、ってところさ」

「別に、ごほうび目当てにがんばったわけじゃないんですけど……でも、もらえるものはもらっておきたいですね。せっかくの申し出ですし」

「俺にできることなら、なんでもいいぞ」

「なんでも、ですか……なら、そうですね……そろそろ夏物の服を揃えておきたいんですよね。あと、財布がくたびれてきて……それと、化粧品も尽きてしまいそうで……」

「お、お手柔らかに頼む……」

「ふふっ、冗談ですよ。そんな無茶なことはお願いしません。その……頭を撫でてもらっていいですか?」

「ん? そんなことでいいのか?」

「はい。よくがんばった……って、褒めてもらいたくて。あっ、いえ、別に兄さんに褒めてほしいわけじゃないですよ!? ただ、誰も褒めてくれないから、ちょっと寂しいというか……こう、褒めてもらえたら、達成感と満足感を得られるというか……だから、兄さんにその役目を……と、思いまして」

「そっか……よくやったな、結衣」

「あっ……」


 ぽんぽんと、結衣の頭を撫でた。

 優しく、丁寧に。

 妹への想いを込めて、そっと手を動かす。


「がんばったな。偉いぞ、結衣」

「んっ……兄さん……私、がんばることができましたか?」

「ああ。すごいがんばったぞ」

「そうですか……」

「結衣ががんばったから、今回の問題を乗り切ることができたんだ。偉い偉い」

「……こんな風に褒めてもらえるの、初めてかもしれません」


 結衣の母親のことを思い返す。

 あの人は、自分の子供なのに結衣に興味がなくて、勝手気ままで……

 結衣は、今、初めて褒められたのかもしれないな。


「よしよし」

「んっ……兄さん♪」


 わずかに、目尻に涙を溜めながら……

 結衣は、ふわりと柔らかい笑みを浮かべた。

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