78話 妹にライバルができました
「おーっ、やるじゃない」
「あ、明日香さん。それに、兄さんも」
俺たちに気がついて、結衣がこちらを向いた。
見られているとは思ってなかったらしく、顔が赤くなる。
「来ていたんですか? それなら、声をかけてくれても……」
「悪い。なんか、まあ……取り込み中だったから」
「うっ……は、恥ずかしいところを見せました。兄さんに、あんなところを……」
「恥ずかしいなんてことないだろ。さっきの結衣、かっこよかったぞ」
「そ、そうですか?」
「ああ。先生相手に一歩も引かないで、むしろしっかりと言いたいことを言って……よくがんばったな」
「あっ……」
結衣がしっかりと立ち向かうことができて、それがうれしくて……
反射的に、結衣の頭を撫でてしまう。
「って、わ、悪い。子供扱いしたつもりじゃないんだが……」
「……今なら、別に子供扱いされてもいいですよ?」
「え? それって……」
「もっと、私の頭を……」
「結衣。それと先輩たちも」
絶妙なタイミングで凛ちゃんが割って入った。
「色々と話したいことはあるのでしょうが……場所を変えませんか? まあ、一年生の注目の的になっても構わない、どんな噂が流れても気にしない、というのならば止めませんが」
言われて、ここが教室ということを思い出した。
他の生徒たちが、興味津々といった様子でこちらを見てる。
「……場所、変えるか」
「むぅ……私は気にしないというか、むしろ見せつけたいというか……どんな時でも、兄さんになでなでしほしいといいますか……」
「うん?」
「なんでもありませんっ! 兄さんは、どうしてそう肝心なところで耳が遠くなるんですか!? アレなんですか、バカなんですか! もう、兄さんのあほっ」
「えぇっ!?」
なぜか怒られてしまった……俺、なにかしたか?
――――――――――
打ち上げの話をすると、結衣と凛ちゃんは笑顔で賛成してくれた。
みんなで一緒に学校を後にして、駅前に向かう。
「ねえねえ、なにする? カラオケ? ゲーセン? ダーツ?」
「まずは、飯にしないか?」
「そうですね。ちょうどいい時間ですし、お腹が空きました」
「先輩、ゴチになります」
「いやいや、奢らないからね?」
「ケチですね」
「さっすが宗一、太っ腹ね」
「だからおごらねーよっ!」
「兄さん。私、ハンバーグが食べたいです」
「結衣まで!?」
味方がいない……
女3、男1になると、圧倒的に男が不利だ。
誰か、男友達を連れてくるべきだったか?
いや、しかし、結衣にちょっかい出されても困るな。そうなると、今のままでいいか。
「それにしても……結衣、なにかあったの?」
「なにがですか?」
「あの先生相手に一歩も引いてなかったじゃない。ううん。むしろ、圧倒してた。以前の結衣なら、そんなことはできないと思っていたんだけど……」
「そうですね……色々とあって、吹っ切ることができたから……でしょうか」
「色々……ね。その部分を、ぜひ、詳しく知りたいところなんだけど?」
「長くなるので、また今度で」
「ふふっ、楽しみにしているわ」
一年コンビが、なにやら楽しそうに話をしてる。
俺も、結衣の心境の変化を知りたいんだけど……教えてくれるかな? 教えてくれなさそうだよなあ……
『はい? どうして、兄さんにそんなことを話さなければいけないんですか? 一昨日来てください』とか言われそうだ。
やばい。そんなこと言われたら、数日間は凹んでしまうぞ。
「……なあ、明日香」
「なに? 小声で内緒話?」
「まあ……結衣のこと、なにか知らないか?」
「なんであたしに聞くのよ。本人に聞けば?」
「いや、その……教えてくれるかわからないし。っていうか、教えてくれなさそうだし」
「あー……まあ、そうかもね」
明日香が含み笑いを浮かべた。
こいつ、何か知ってるのか?
「兄さん、明日香さんとなにを話しているんですか?」
「い、いや。なんでもないよ。テストの出来について、ちょっとな」
「ふーん、そうですか……わかりました。そういうことにしておきますね」
俺のウソは、簡単に見抜かれたみたいだ。
なぜわかるんだ? 俺って、わかりやすいのか? 感情が顔に出やすいのか?
「というか……呼び方、変えたんだな?」
「明日香さんのことですか?」
「前は、天道さん、って呼んでたじゃないか」
「そうですね……まあ、色々あって、こうすることにしました」
また、『色々』……か。
うーん、気になる。
でも、素直に教えてくれるような妹じゃないからなあ……
そろそろデレてくれてもいいんだぞ?
……無理か。
「あっ、そうそう」
ふと、明日香が立ち止まり、俺を見る。
「せっかくだから、みんなの前で言っておきたいんだけど……」
「ん? どうした?」
「あたし、宗一のことが好きよ」
……はい?
「聞こえなかった? なら、もう一度言うわよ。あたしは宗一のことが好き」
「……え?」
「ライクじゃなくてラブ、だからね? 勘違いしないように」
「え? いや……それは……え?」
脳の処理が追いつかない。
明日香は、今、なんて……?
俺のことが……好き?
「まっ、今は結衣ちゃんと付き合ってるみたいだけど、諦めないから。そういうわけで……結衣ちゃん、あたしからの挑戦、受けてくれる?」
「はいっ。兄さんは渡しませんからね?」
「ふふーん。いつまで、そう言ってられるかしら?」
妹と幼馴染は、不敵に笑いながらも、どこか楽しそうにしてて……
なんだかんだで、この二人は仲が良いらしい。
うんうん。よきかなよきかな。
って、現実逃避してる場合じゃない。
今……明日香に告白されたんだよな?
「あ、明日香? 今のは……」
「そのまんまの意味だからね? すっとぼけたり、忘れたりしたら承知しないわよ」
「いや、さすがにそれは……でも……マジか?」
「大マジよ」
「そ、そうか……」
「あっ、返事はしないで」
なんて返したらいいか迷っていると、明日香が先を制する。
「結衣ちゃんにも言ったけど、今はまだ、宗一を彼氏にできるとは思ってないから。そのうち、あたしの魅力に気づかせて、横取りする算段だから」
「それ、彼女の前で言いますかね」
「結衣ちゃんだから言えるのよ」
「もう……仕方のない人ですね、明日香さんは」
「とまあ、そんなわけで……」
明日香は笑う。
今まで見せたことのない、『女の子』としての笑顔を浮かべて、宣言する。
「必ず振り向かせてみせるから、覚悟しなさいよ?」




