52話 妹は嫉妬します
翌日の朝。
ごはんを食べながら、昨日の話を切り出す。
「あのさ、勉強のことで話したいことがあるんだけど……」
「奇遇ですね。私も、提案したいことがあって」
「そうなのか?」
「兄さんの臭いが耐えられないので、一緒に勉強するのはやめましょう」「兄さんの頭が残念すぎて見るに耐えかねます」「バカなんですか?」
……そんな言葉を予想して、ついつい凹んでしまう。
そんなこと、結衣は言わないよな?
信じているからな?
「凛ちゃんも、一緒に勉強をしたいということで……問題ありませんか?」
「あ、そういうことなんだ……ほっ」
「どうして安堵しているんですか? ……もしかして、凛ちゃんが一緒ということで、うれしいんですか? 喜んでいるんですか?
なぜか、結衣がジト目になる。
「うれしいといえば、まあ、うれしいかな?」
「えぇっ!? まさか、ここに来て凛ちゃんが意外な伏兵に……? も、もしかして、兄さんは凛ちゃんのことが……」
「人が多い方が、色々と助け合うことができるだろ? それに、凛ちゃんなら知らない仲じゃないし、歓迎するよ」
「兄さんの彼女は私ですからね! 凛ちゃんに乗り換えたらいけませんよ!」
「あ、うん。そんなことはしないけど……?」
なんで、そんな話になるんだ?
結衣の考えていることがよくわからん。
「やっぱり、凛ちゃんが一緒というのは……でもでも、そうなると勉強が進みませんし……私がしっかりと兄さんを監視しておけば、まあ……」
「どうした?」
「いえ、なんでもありません。そういうことで、今日の放課後から一緒に勉強をしたいと思いますが、いいですか?」
「大丈夫だ」
「よかったです。後で、凛ちゃんに連絡しておきますね」
「俺も、似たような話があるんだけど……明日香も誘っていいか?」
「天道さんですか?」
結衣が、不思議そうに小首を傾げた。
「でも、天道さんは、けっこう成績は良いですよね? 勉強、必要なんですか?」
「あー……ぶっちゃけると、俺がお願いしたんだ」
「兄さんが?」
「一人だと限界があってさ。誰かに教えてもらうと、勉強が捗ると思うんだ」
「……それで、天道さんに? なるほど」
なにやら、結衣が難しい顔になる。
探偵が密室トリックにぶつかった時のような、そんな顔。
なんで?
ただ、明日香の参加を話しただけなんだけど……
「どうして、男友達ではなくて、天道さんなんですか?」
「それは……」
「もしかして、兄さん、友だちがいないんですか……?」
「いるよ! だから、哀れみの目を向けないでくれっ」
「なら、どうしてですか?」
結衣に悪い虫がつかないようにするため。
……なんて、そんな恥ずかしいこと言えるか!
というか、そんなことを口にしたら、「そんなに構われると、ちょっとキモいです」とか言われてしまうかもしれない。
それは耐えられません。マジで。
「いや、それは、ほら……明日香は気心知れた仲だから頼みやすくて。それなりに勉強もできるから、ピッタリの人材というか……」
結衣の目が厳しくなる。
どうやら、妹さまはこの回答はお気に召さなかったらしい。
「本当にそれだけですか?」
「と、いうと?」
「天道さんに勉強を教えてもらうだけじゃなくて、勉強にかこつけて一緒にいたいとか……あわよくば、もっと仲良くなりたいとか……だ、男女の関係になってしまうとか……そういうことを期待したりしていませんか!?」
なぜか、結衣は不機嫌だ。
頬を膨らませている。
お前はハムスターか。
「ないない。相手は明日香だぞ? 男友だちみたいなもんだし」
「でも、とても綺麗ですよ?」
「まあ、それは認めるが……でも、女の子として見てないというか……そういう相手じゃないというか……家族のようなものというか……」
「本当ですか? 怪しいです……」
「なんで、そこまで気にするんだ? もしかして、嫉妬? なーんて……」
「そ、そそそ、そんなわけあるわけないじゃないですかっ!!!」
おもいきり動揺していた。
え?
本当に嫉妬していたの?
「天道さんに嫉妬なんて、そ、それじゃあ、まるで私が、に、兄さんのことを……あうあう」
「えっと……マジで?」
「で、ですから、違うと……ち、違いますからね! 本当に違うんですから!」
「そっか、そうだったのか……」
「うっ……に、兄さん? その反応、私の心に気がついて……」
「ああ。今、わかったよ」
「兄さん……わ、私は……」
「安心しろ。俺は、いつまでも結衣の兄貴だからな!」
「……はい?」
こてん、と結衣が首を傾げた。
「明日香に妹のポジションが取られるんじゃないかって、心配してたんだろ? それで、明日香に嫉妬しちゃったんだろ? でも、安心しろ。結衣は、いつまでも妹だからな。明日香が代わりになるなんてこと、ありえないし」
「……アーハイ、ソウデスカ、ソウデスネ」
「結衣?」
「わかっていました、わかっていましたよ。こんな結末になるんじゃないか、って……ちょっとでも期待した私がバカでした……兄さんは、やっぱり兄さんですね……はぁ」
なぜか、白い目を向けられた。
なぜだ?
俺の推理は完璧なはず。
結衣は、明日香に妹ポジションを脅かされることに危機を覚えて、嫉妬していたはず。
もしかして、違う?
だとしたら、いったい……
ダメだ。考えてもさっぱりわからん。
「えっと……それで、明日香のことなんだけど……」
「あー……はい。そうですね。もう、なんでもいいですよ。一緒に勉強ですね。はい、わかりました」
「すっごい投げやり! ホントどうしたんだ!?」
「どうもしてませんよー」
「いや、でも……」
「はぁ……本当になんでもありませんから。気にしないでください」
ため息とともに、結衣がいつもの調子に戻る。
なにか、やらかしてしまったんだろうか?
とはいえ、原因がさっぱり……
こういうところがあるから、『鈍い』って言われるんだろうな。
なんとかしたいと思うものの、どうすればいいかわからなくて……
「えっと……とりあえず、放課後はよろしくな」
「はい。勉強、がんばりましょうね」
「ああ」
今は、できることをがんばろう。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
今度は、他の面子も含めての勉強会。
イチャイチャもありますが、どたばたも。
もうちょっとしたら、さらに甘い展開も考えています。




