51話 妹の知らないところで
隣の結衣の部屋から、わずかに声が聞こえてくる。
内容は聞き取れないけど、楽しそうだ。
きっと、誰かと電話しているんだろう。
ウチの家の壁、微妙に薄いから、ちょっと音が響くんだよな。
まあ、気になるレベルじゃないので、問題ない。
スマホを取り出して、俺も電話をかけた。
相手は……明日香だ。
「はろはろー」
「もしもし、俺だけど」
「あぁ……タカシかい? どうしたんだい?」
「実は、会社の車をぶつけちゃって……それで、お金が必要なんだ」
「わかった、お母さんに任せておきなさい。明日から、マグロ漁船に乗れるように手配してあげるからね」
「どんな母親だよっ!」
「ついでに、家のリフォーム代も稼いできてね? それまで帰ることは許さないわ」
「鬼かっ!」
軽くボケてみたら、とんでもない答えが返ってきた。
明日香は、絶対に詐欺に遭わないだろうな……
それどころか、逆に罠にハメて、捕まえてしまいそうな気がする。
「で、どうしたわけ? こんなつまらない冗談を言うために?」
「そんなわけないだろ。俺、どんだけ暇人なんだよ」
「宗一は暇人じゃない」
「違う。家事とか色々やることはあるぞ」
「あ、そっか。主夫だもんね」
「それも違うからな」
いや、あながち否定できないのか……?
家のこと、全部、俺がしているし……うーん。
「あのさ、明日香はテスト勉強しているか?」
「ん? もちろん、してないわよ」
「してないのかよ……」
「だって、平均点は取る自信あるし」
明日香は、わりと要領が良いからな。
日頃の授業も真面目に受けているし、平均点なら問題なくとれるだろう。
「でも、たまには勉強をした方がいいんじゃないか?」
「いやよ、めんどくさい」
「難しい問題が出てきたらどうするんだ? あらかじめ、備えておくことも必要だぞ」
「……ははーん。なるほどね、宗一の魂胆が読めたわ」
「うっ」
「あたしに一緒に勉強をさせて、ついでに、教えてもらおう……って算段でしょ?」
さすが、付き合いの長い幼馴染だ。
こちらの考えていることを、すぐに看破されてしまった。
結衣と一緒に勉強をしているものの……
なかなか捗らないんだよな。
わからないところでストップしてしまい、頭を悩ませてしまう。
結衣に聞くわけにはいかないし……
そこで、明日香の出番というわけだ。
一緒に勉強をして、わからないところを教えてもらう。
きっと、勉強が捗るだろう。
「まあ、知らない仲じゃないし、どうしてもっていうなら引き受けてあげてもいいけど?」
「どうしても」
「お願いします、は?」
「お、お願いします……」
「やっぱやーめた」
「よし。殴っていいか?」
「ひどい……かよわい女の子に暴力を振るうなんて……」
「明日香はかよわいの正反対にいるだろうが」
「あー、そんなこと言うんだ。勉強、一人でがんばってね」
「すいませんでした。謝るので、どうか考え直してください」
ちくしょう。
圧倒的に、俺の立場が弱い。
なんか、誰に対しても、俺の立場が下にきているような気がしてならない。
「貸し一つね」
「……わかったよ」
明日香の貸しは高くつくから、できれば作りたくないんだけど……
仕方ない。
今回は、悪い点を取るわけにはいかないから、頼むことにしよう。
「でも、なんであたしに頼むわけ? 友だちいないの?」
「いるわ! ……今回は、結衣も一緒に勉強してるんだよ」
「あ、そうなんだ」
「それなのに、男連中を同席させるわけにはいかないだろ?」
「うん?」
「勉強会を利用して、男連中が結衣にアプローチしないとも限らないからな。そんなバカな真似は許さん」
「あー……はいはい。そういうことね」
恋人のフリを始めて、結衣がウチのクラスに来る機会が増えたんだけど……
彼氏の俺がいるっていうのに、紹介してくれとか言ってくるヤツが後を絶たない。
そんな連中を同席させたら、どうなることか。
結衣は、もっとちゃんとした男でないとダメだ。
きちんと家事ができて、しっかりした性格をしていて、優しくて……
それで、俺の面接に合格したら、まずは友だちから……っていうところだな。
「宗一も、大概、シスコンよね」
「おいおい、変なことを言うなよ。俺のどこがシスコンなんだ?」
「自覚ないし……はあ」
なぜか、呆れられてしまった。
なんでだ?
俺、おかしなこと言ってないよな?
「まあ、宗一がシスコンとかロリコンとか、それはどうでもいいとして……」
「おいこら。不名誉な称号をつけくわえようとするな」
「勉強会は、いつからするわけ? 結衣ちゃんも一緒なのよね?」
「ああ。だから、まずは結衣に話をして……詳細が決まったら、学校で話すよ。できるだけ早く始めたいから、明日からって考えておいてくれ」
「はいはい、了解」
「じゃあ、またな」
「……ねえ、宗一」
通話を終えようとしたら、明日香の真剣な声に引き止められた。
「なんだ……?」
「明日、折りたたみ傘を持っていった方がいいかしら? ほら、宗一がテスト勉強をするなんて、アレだから……」
「やかましいわっ!」
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
幼馴染、再び登場。
ということで、今回の部では、幼馴染がわりと絡んできます。
いや、けっこう絡んできます。
どうなるのか? 最後までお付き合いいただけるとうれしいです。




