47話 妹は心配してしまいます
勉強を始めて、2時間くらい経っただろうか?
窓の外が暗くなり始めた。
「ふう……一旦、ここまでにしておくか」
そろそろ夕飯の用意をしないといけない。
パタン、と教科書とノートを閉じた。
「結衣は、なにか食べたいものあるか?」
「私は、なんでもいいですよ」
「うーん。その、なんでもが困るんだけど」
「でも、本当になんでもいいですから。兄さんの作る料理なら、私は喜んで……いえ、なんでもありませんからね? 兄さんの料理をとても楽しみにしているとか、そんなことはありませんからね? 勘違いしないでくださいよ」
もっと、素直に楽しみにしてもらいたいんだけど……うーん。
俺の料理の腕も、まだまだということか。
もっとおいしいものを作れるように上達しないと。
それはともかく、今夜の献立はどうしようか?
悩ましい。
主婦になった気分だ。
確か……魚があったから、それを焼いて……
あと、納豆と冷奴と卵焼き。それと、煮物で揃えてみるかな?
「兄さん。夕飯の後、勉強は……?」
「続けるよ。もうちょっと、詰め込んでおきたいからな」
中間テストは、約2週間後。
時間があるとはいえない。
絶対に悪い点はとれないし、出来る限りのことはしておかないと。
「結衣は?」
「私も続けますよ……兄さんと一緒なら、やる気も出てきますし……」
「うん?」
「いえ、なんでもありません。兄さんがサボらないように、見張らないといけませんからね。ちゃんと勉強をしてくださいよ?」
俺、そんなに信用がないのか……
ちょっと悲しい。がくり。
「じゃあ、俺は夕飯作ってくるから。結衣も、適当なところで休憩入れた方がいいぞ」
「はい」
部屋を出ようとして……
「兄さん」
呼び止められて、振り返る。
結衣は、迷子になった子供のような顔をしていた。
不安そうに眉をたわめて……
暗い顔で、なにかにすがるように視線をこちらに向ける。
「もしもの話なんですけど……今度の中間テストで、私や兄さんが悪い点をとったら……私たち、別れさせられてしまうんですか……?」
「今から、そんな悪いことを考えても仕方ないだろ? そうならないように、勉強をしてるわけだし……」
「でも、考えてしまうんです。考えても仕方ない、ってわかっているんですけど……でも、頭から離れてくれなくて……兄さんと引き離されてしまうかもしれない……って」
「結衣……」
「私は……イヤです。兄さんと別れたくなんて、ありません……フリですけど、でも、私は……!」
ぽんぽんと、結衣の頭を撫でた。
「に、兄さん?」
「大丈夫」
「あぅ……」
「大丈夫だから」
結衣が落ち着くように、優しく撫でる。
結衣はくすぐったそうな顔をして、最初は落ち着かない様子でもじもじしていたけれど……
少しして、俺に身を任せるように、おとなしくなった。
どこか心地よさそうにしている。
「んっ……兄さん」
「落ち着いたか?」
「……はい。取り乱して、すいません」
「いいよ。それだけ心配だったんだろ」
俺と結衣の関係は、本物じゃない。
ただの『フリ』であり、『ニセモノ』だ。
でも、なにもないわけじゃない。
目に見えないくらいに小さいけれど、なにかしらの絆があると……そう信じている。
結衣も、そう思ってくれているのかもしれない。
だから、別れることに抵抗を覚えている。
……都合の良い考えかもしれないけど、俺は、そう思っていた。
「ぶっちゃけると、結衣の懸念した通りになるかもしれない」
「そんな……」
「今から勉強しても、付け焼き刃にすぎないからな。絶対にうまくいく、とはい言い切れない。でも、俺は結衣のような心配はしてないぞ?」
「どうしてですか……?」
「悪い点をとったとしても、結衣と別れる気はないからな」
「えっ?」
結衣が驚いたような顔をした。
そんな結衣に、俺は、いたずらっ子のように笑ってみせる。
「悪い点をとったら別れろって言ってるけど、別に、はいわかりました、って了承した覚えはないからな」
「……あ、そういえば」
「あんなの、向こうが勝手に言ってることだ。律儀にそれに従ってやる理由も義理もない」
「でも、それでいいんでしょうか? なにか、悪いことになったりしたら……」
「まあ、目の敵にされることは間違いないが……まあ、今更な感もあるからな。それに、ああいうタイプは、なにかにつけて文句を言ってくるタイプだ。テストで良い点をとろうが悪い点をとろうが、別のことでも何か言われていたさ。そんな相手のことを、いちいち気にしてたらキリがない」
俺は、安心してほしいと言うように、結衣に笑いかけた。
「どんなことがあっても、俺は結衣の『彼氏』を止めたりしないさ」
「兄さん……」
「まあ、結衣がもういいとか言ったり、本当に好きな人ができたりした時は、そこで終わりになるだろうけどな」
「わ、私が本当に好きな人は……!」
「うん?」
「……いえ、なんでもありません」
なぜか、呆れられたような気がする。
なぜだ……?
俺、なにもしてないよな?
「まったく……兄さんは、ずるい人ですね」
「相手が、勝手に条件をつきつけてきたんだ。そんなものにおとなしく従う必要はないさ」
「それ、開き直りって言うんですよ」
「まあな。でもまあ、ここ最近、勉強を疎かにしてたのは事実だし……どうせなら、正攻法であの先生の鼻を明かしてやりたいからな。ちゃんと勉強をして、テストで良い点をとってやろうぜ」
「はい、そうですね!」
結衣に笑顔が戻る。
うん。
やっぱり、結衣は笑っている方がかわいいな。
結衣に似合うのは、花が咲くような笑顔だ。
「じゃ、俺は飯を作ってくるから」
「はい。私も、少し休憩することにします」
笑顔を交わして、部屋を後にした。
――――――――――
<結衣視点>
兄さんが部屋を出て、私は一人になりました。
ぽつりと、心の中にある言葉を口にします。
「私が本当に好きなのは、最初から、兄さんなんですよ……? だから、兄さんがそう言ってくれるのなら、絶対に別れたりなんてしませんからね。んっ。私も覚悟が決まりました。絶対に、兄さんと別れたりなんかしません。ずっと一緒ですからね♪」
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
今回は、兄らしく彼氏らしく、妹を励ます主人公を描いてみました。
イチャイチャもいいですが、主人公も好かれるようなキャラを目指していきたいです。
どう受け止められたか? なかなか気になるところです。
ではでは、次回もお付き合いいただけるとうれしいです。




