44話 妹は慌てます
<結衣視点>
生徒指導室を後にした私と兄さんは、昼食をとるために、一度教室に戻り、それから中庭で合流しました。
兄さんの作ったお弁当を兄さんと一緒に食べる。
いつもなら、この素敵なシチュエーションに心躍らせているところですが……
さすがに、今はそんな気分になれません。
心の中に灰色の雲が広がり、明るい太陽は顔を隠してしまいます。
残るものは、不安だけ。
「元気ないな」
兄さんは、いつもと変わらない調子で言います。
……もしかして、事の重大さを理解していないのでしょうか?
このままだと、私たちは別れさせられることに……
いえ、まあ、元から本当の恋人ではありませんが……
でもでも、フリをやめたくなんてありません!
仮初でも、兄さんと恋人になれる幸せを手放したくなんてありません!
これは、私の夢なんですから!!!
それなのに、兄さんはいつも通りで、焦っている様子はなくて……
もしかして……私と別れることになってもいいって、考えているんですか……?
「あの……に、兄さんは、その……」
「うん?」
「わ、私と……わ……別れても……その……」
……ダメです。
その先は、怖くて、どうしても聞くことができません。
言葉が出てきません。
体は石像になってしまったように固まってしまい、ただただ、震えることしかできません。
ぽんぽん。
「あ……」
不安に怯える私をなだめるように、兄さんが私の頭を撫でてくれました。
とても優しい手です……
大きくて、温かくて……兄さん、っていう感じがして……
ん……兄さん♪
「安心しろよ。心配することなんかないさ」
「でも……」
「俺たちの成績が揃って落ちたから、あんなことを言われたわけで……なら、成績を元に戻せばいいじゃないか。それなら文句は言われない」
「あ」
兄さんと別れてしまうかもしれない。
そのことに怯えるあまり、そんな単純な解決方法を見逃していました。
成績が落ちたら別れてもらう、と言っていました。
逆に言えば、成績を元に戻せばその心配はない……ということになります。
「まあ、ここ最近、ちょっと遊んでばかりだったからな……先生の言うことも、一理あると思う」
「そうですね……それは、反省しないといけません」
「俺は、勉強が全部だなんてことは思わないけど……いちいち難癖をつけられるのは面倒だからな。きっちりと成績を元に戻して、文句をつけられないようにしておこう」
「はいっ」
兄さんが笑顔を浮かべて、私も笑顔になりました。
私にとって、兄さんは太陽みたいな人ですね。
いつも私を温かく見守ってくれて……
困っている時は、優しく助けてくれる。
大きくて、優しくて、温かくて……とても素敵です♪
やっぱり、兄さんは最高です。
好きですよ、兄さん♪
「この際だから、一気に勉強して、俺もトップクラスの成績をとってみるかな」
「学年1位を目指してくださいね」
「ごめん。冗談です。そんなこと無理です」
「じゃあ、10位位内で」
「ふっ、俺の頭の出来を知っているのか?」
「そんな勝ち誇るように言われても……情けないですよ、兄さん」
「すいません」
兄さんは、間髪入れずに頭を下げました。
うーん。
兄さんなら、真面目にやればいけると思うんですけどね。
なにしろ、兄さんですし。
兄さんにできないことはありません。
その気になれば、学年一位の成績をとるくらい、わりと簡単だと思うんですが。
身内の贔屓目なんでしょうか?
「よしっ。そうと決まれば、今日の放課後から、さっそく勉強するか!」
「放課後からではなくて、午後の授業からですよ。ちゃんと真面目に受けてくださいね?」
「うっ……そうだな」
「ごはんを食べて眠くなったから寝る……なんてことはいけませんよ?」
「……」
「兄さん、どうして目を逸らすんですか?」
「……イヤ、ナンデモナイゾ」
「もうっ、兄さん!」
もっとやる気を出してもらわないと困ります。
せっかくだから、兄さんは成績を元に戻すだけではなくて、テストでトップクラスの点をとってもらいましょう。
それでそれで、兄さんはこんなにすごいんですよ、ということをみんなにアピールしましょう。
兄さんの格好いいところ、みんなに知ってほしいです。
……でも、そうしたらライバルが増えてしまうかもしれませんね。
うーん、悩ましいところです。
やっぱり、やめておきましょうか? そこそこの成績で妥協しましょうか? でもでも、せっかくの機会だから、兄さんの良いところを……
「結衣? どうかしたのか?」
「兄さんの格好いいところをみんなに……いえっ、なんでもありませんよ? 私が兄さんのことで頭がいっぱいになっているとか、そんなことはありませんからね? でもでも、兄さんはもっと妹のことを考えてくださいね? これは命令ですよ?」
「お、おう?」
いけません。
混乱と照れで、自分でなにを言ってるのかわからなくなってきました。
「まあ、とにかく……これからデートなんかは控えて、勉強をがんばろうな」
「はいっ……はい?」
「どうした? 鳩が豆鉄砲食らったような顔をして?」
「えっと……今、デートを控える、って……」
「今は勉強を優先しないとな。中間テストまで時間もないし、びっちりといこう」
……なんてことでしょう。
思わず、がくりと地面に膝をついてしまう私でした。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
色々と試行錯誤しつつ、書いている日々です。
2部から、コミカルなシーンもちょくちょく入れています。
明るく楽しんでもらえたら、と。
もちろん、根本は二人の甘いシーンを描いていきますが。




