41話 妹はおまじないが気になります
ごはんを食べて、さっそく公園に移動した。
池があって、サイクリングロードがあって、ジョギングコースがあって、芝生が敷き詰められた広場があって……
そこそこ広い公園だ。
わりと人気スポットらしく、たくさんの人がいる。
家族に、友だちに……そして、恋人。
「ね、ねえ、兄さん。私たちは……恋人に見えるでしょうか?」
「そうだな……かもしれないな」
「じゃ、じゃあ、新婚には……?」
「それは、ちょっと若すぎないか?」
「では、長年連れ添った還暦の熟年夫婦とか」
「どういうこと!? 俺、老けてるって言いたいのか!?」
妹の思考回路が謎だ。
「んー……手を繋ぎましょうか? そうすれば、恋人らしく……いえ。ですが、何度も何度も同じことを繰り返していると、相手が兄さんでも、私の本当の気持ちに、き、気づかれてしまうかもしれませんし……」
「どうした、結衣?」
「いえ、なんでもありませんよ? ちょっと、政治と経済にの関連性について考えていました」
あからさまなウソ……いや、結衣ならありえるか?
まあ、深くは追求しないでおこう。
「そこの高台だよな?」
「はい。行ってみましょう」
結衣と二人で高台に登る。
高台は10メートルほどで、公園が一望できるようになっていた。
景色がよくて、恋人と一緒ならとても楽しめそうだ。
ただ、景色だけじゃないらしい。
「これは……?」
高台の一角に、等間隔にチェーンが設置されていた。
そのチェーンに、小さな南京錠がいくつもつけられている。
イメージで言うと、神社の絵馬を奉納する場所、という感じか?
絵馬を南京錠に変えたような、そんなイメージ。
「なんだ、これ?」
「なるほど。こんなところに……」
疑問符を浮かべる俺とは正反対に、結衣は納得顔で頷いていた。
「知っているのか?」
「一種のおまじないですよ」
「これが?」
「はい。恋人たちがやるおまじないですね。こうして、南京錠をつけることで、二人の仲はがっちりとくっついて離れない……という意味があるんですよ」
「へえ。なんか、面白いな」
「おまじないをした恋人は未来永劫、来世でも、離れ離れになることはないと……」
それ、ちょっとしたホラーじゃないか……?
「橋につけたり、手すりにつけたり、色々なものがあるんですが……こういう風に、専用の場所を作ってしまうところも、少なくありませんね」
「観光地として客を呼べそうだからな」
「あの……兄さん?」
結衣は、南京錠と俺の顔を交互に見た。
鈍い俺でも、さすがに、結衣がなにを言いたいか理解できた。
「やりたいか?」
「そ、それは……! いえ、まあ、その……私は興味はありませんが、ほら、恋人のフリの役に立つかもしれませんし? こういうことをコツコツと積み重ねることで、ウソがマコトになるというか、それを期待しているといいますか……いえ、なんでもありませんよ? 兄さんとおまじないをしたいなんて、そんなこと、欠片も思っていませんからね?」
「そうなのか? 俺は、興味があるんだけど」
「えっ……も、もしかして、兄さん、ついに私のことを……」
「一度、こういうおまじない、やってみたかったんだよな。楽しそうじゃん?」
「……アーハイ、ソウデスカ」
結衣に、おもいきり睨まれた。
なんで……?
「そうですよね、兄さんはそういう人ですよね……私をヤキモキさせてばかりで、それでいて、期待させて……なんていう人ですか。天然にもほどがあります。妹の心、弄ばれました……うぅ」
今度は、なぜか拗ねられた。
だから、なんで……?
「えっと……結衣は、興味ないんだよな?」
「……興味はないですが、兄さんがどうしても、というのなら付き合ってあげてもいいですよ?」
「どうしても」
「うっ」
結衣が、ちょっと赤くなる。
「そ、即答されると……それはまた、期待してしまうといいますか、甘い気持ちになってしまうといいますか……あぁ、もう、兄さんは妹の心を振り回して、なにが楽しいんですか? 妹ジゴロの称号を送りますよっ」
「結衣?」
「ま、まあ、そこまでいうのなら仕方ありませんね。付き合ってもいいですよ」
「サンキュー」
「いえ……本当は、私も……」
「うん?」
「な、なんでもありませんっ」
赤くなったり慌てたり、忙しいヤツだなあ。
それはそうと、さっそくおまじないを試してみよう。
まずは、南京錠を手に入れないといけないんだけど……
「南京錠って、どうするんだ? 売ってるのか?」
「いえ。見た限り、そういうお店はありませんね」
屋台がいくつか並んでいるが、全部食べ物系で、南京錠は見当たらない。
かといって、他に店があるわけでもない。
「もしかして、自前……?」
「ですね。おそらく、セントラルシティで買ってから、ここに来るんじゃないですか?」
「マジか」
今から戻って、南京錠を探して……
それから、またここに? 面倒すぎる。
「中には、自作する人もいるみたいですね」
「レベルたけえっ!」
南京錠を自作するって、どんな強者だよ。相当だな、おい。
「じー」
「ど、どうした?」
「面倒って考えていますね?」
「な、なんで……?」
「兄さんの考えていることなら、なんでもわかりますよ……なにしろ、いつも兄さんのことを見て……ではなくて、兄さんは顔にとても出やすいタイプですから」
さすが妹。
俺の考えていることは、全てお見通しらしい。
まあ、結衣が言うように、俺がわかりやすいだけなのかもしれないけど。
「今日はやめておきましょうか」
「え、やめるの?」
問いかけると、結衣は、ちょいちょいと空を指差した。
見ると、灰色の雲が広がっている。
「雨が降るかもしれませんから。こういうのは、やっぱり、晴れた日にやった方が気持ちいいですよ」
「確かに」
「それじゃあ、本格的に降り出す前に、家に帰りましょうか。残念ですが、デートはここまで、ということで……むぅ、本当に残念です……」
残念って、どのことだろう?
おまじないができないことか、デートを中断することか。
あるいは、まったく別のことか。
気になるけど、聞くのはやめておいた。
怒らせてしまうか、拗ねられてしまうか……そんな気がしたから。
「じゃあ、帰りましょうか」
「ああ」
「……」
「……」
「兄さん」
「うん?」
「こういう時は、その……手を繋ぐものですよ?」
「あ、そうか」
言われて、そっと結衣の手を繋いだ。
「これでいいか?」
「まったく……言われないとわからないなんて、兄さんはダメダメですね。もっと、女心というか、妹心を学んでほしいというか……恋人について、勉強してくださいね? それから、私のことをホントの恋人に……えへ」
「どうした?」
「いえ、なんでもありません。兄さんのことを考えて、幸せな気分になっていたとか、そんなことはありませんからね? さあ、行きましょう」
結衣に手を引かれて、俺たちは公園を後にした。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
あからさまですが、おまじないはちょっとした伏線というかフラグです。
後々、また関わってきます。
どうなるか? そこまでお付き合いいただけるとうれしいです。




