40話 妹とデートとテスト
穏やかな日々が流れて……5月下旬。
もうすぐ梅雨という時期になると、とある事件が起きる。
いや、悪魔が訪れるとでも言うべきか?
その悪魔は、罪もない学生を苦しめて、時に、地獄の底に叩き落とす。
地獄に落ちたら最後、這い上がることはできない。
休むことなく死んでしまうほどの苦しみを受けなければならない。
その悪魔の名前は……中間テストだ。
「大真面目な顔をして、なにをバカなことを言っているんですか、兄さんは」
妹が、生ゴミを見るような目を俺に向けた。
学校が終わり、家に帰ってのんびりしていたところに、結衣が『もうすぐテストですね』なんて言い出して……
考えたくもないことを考えさせられて、凹んでいる兄に、この仕打ち……!
もしかして、結衣も悪魔なのか?
「またおかしなことを考えていますね」
「どうしてわかる!?」
「兄さんは単純なので」
今度は、虫けらを見るような目を向けられた。
あの……お願いだから、その目をやめてくれませんか?
兄にも恋人にも向ける目じゃないよね?
ホント、お願いします。
「というか、どうしてそんなにテストをイヤがるんですか?」
「テストを好きになるやつなんて、いないだろ。勉強しないといけないし、遊ぶ時間はなくなるし、悪い点をとったら補習を受けないといけないし……良いことなんて一つもないじゃないか」
「補習を受けないように、良い点をとればいいだけのことじゃないですか」
「そのための勉強が大変なんだろ」
「いつも真面目に授業を受けていれば、勉強なんて必要ありません。テストは、日頃の勉強の成果を確認するためのものですからね。まあ、兄さんみたいに、日頃の勉強を怠けている人は厳しいかもしれませんが」
ウチの妹、容赦がない……
心のHPが、ガシガシと削られていく。
「あー、テストなんてなくなればいいのに……これは夢だ、悪い夢なんだ……」
「現実逃避しても、テストはなくなりませんよ?」
「だよな……」
「諦めて勉強をしましょう」
「明日から本気出す」
「あのですね……」
「いや、そもそも明日は土曜か……その次は日曜だし……よし。来週から本気出す」
「はあ……」
結衣は、ダメだこりゃ、というような感じのため息をこぼした。
「というわけで、明日、遊びに行かないか?」
「え?」
「もうすぐ遊ぶ時間なんてなくなるし、そうなる前に、ぱーっと遊んでおきたくて……どうだ?」
「仕方ないですね。まあ、兄さんがそこまで言うのなら、付き合ってあげてもいいですよ? 私は、か、彼女ですし……兄さんに誘われて、喜んでいるわけじゃありませんからね? どこに行こうとか、明日のことを考えて頭がいっぱいになっているとか、そんなことはありませんからねっ!?」
「よしっ、決まりだな!」
現実逃避……じゃなくて、テスト勉強に向けて英気を養うために、明日はおもいきり遊ぼう!
それで、できれば結衣ともうちょっと仲良くなりたいな。
――――――――――
<結衣視点>
土曜日……私と兄さんは電車に乗り、『セントラルシティ』にやってきました。
本当なら、以前とは違うところでデートをしたかったんですが……
急に思い立ったことだから考える時間もなくて、ちょくちょく足を運ぶ、いつもの場所になりました。
ちょっと残念です。
でもでも、兄さんとのデートはとても楽しみです♪
兄さんと一緒なら、どんなところでも楽しめる自信がありますからね。なにもない公園に行ったとしても、兄さんがいるだけで、そこは天国に変わるんです。
えへ、兄さん♪
「今日はどうする?」
「そうですね……服は、この前揃えてしまいましたし……あっ、でも、兄さんは自分の分を買っていませんでしたよね?」
「そうだな。あの時は……まあ、色々とあったからな」
「ど、どうして赤くなっているんですか。なにを思い出しているんですか」
もしかして、私が下着を見せつけた時のことを……!?
っーーー!!!
恥ずかしいです!
でもでも、私のことを思い返してくれるのはうれしいです!
恥ずかしいけどうれしくて……あうっ、私の心はパンクしてしまいそうです。もう、兄さんは妹泣かせですね。いつも、私の心を乱してしまうんですから……ホント、罪深い兄さんです。
でも……そんなところも、大好きなんです♪
「えっと……じゃあ、今日は兄さんの服を見る、ということでいいですか?」
「いいけど……俺、あんま服にこだわりないからな……適当でいいから、そんなに時間つぶれないぞ?」
「もうっ。兄さんは私の『彼氏』なんですから、そういう考えは捨ててください。服に気をつかうことで、だいぶ、印象が変わるんですよ? 私は、兄さんの格好いいところがもっと見たくて……ではなくてですね、私の隣に並ぶんですから、最低限のセンスは身につけてください」
「お、おう。悪い」
「じゃあ、行きましょうか。今日は、私がコーディネートしてあげますね?」
格好いい兄さんを、さらに格好よくしないといけませんね。
これは、私のセンスが問われます……この戦い、絶対に負けられません!
「さあ、いきますよ!」
「なんで、そんなにやる気になってんの……?」
兄さん手をぐいぐいと引いて、私たちは服屋を見て回りました。
――――――――――
靴下から帽子まで、兄さんの服を一式買い揃えて……
満足のいく買い物ができたところで、ちょうどいい時間になり、お昼をとることにしました。
場所は、前回と同じフードコート。
今度はパスタではなくて、海鮮丼を注文しました。
リーズナブルな値段ながらも、たくさんの具が敷きつめられていて、とてもおいしそうです。
ちなみに、兄さんはイクラ丼です。
錦糸卵の上にプチプチのイクラが山のように盛られていて、見ているだけでよだれが出てしまいそうです。
って、いけませんいけません。
こんなところを兄さんに見られたら、食い意地が張っていると思われてしまいます。
兄さんにそんな風に思われたら、私、泣いてしまいます。
「「いただきます」」
ぱくぱくと、海鮮丼を食べます。
見た目通りにおいしくて、幸せです♪
兄さんのイクラ丼と食べ比べができたら、もっと幸せなんですけど……あら?
「どうした? 外になにかあるのか?」
窓の向こうを見る私に、兄さんは不思議そうな顔をしました。
「なんでしょうか? あそこ……ほら、人が集まっていますよ」
窓の向こう……遠くに、大きい公園が見えました。『セントラルシティ』の裏手にある公園で、たまに、散歩に立ち寄ったりすることがあります。
その公園には高台が設置されているのですが……そこに、人が集まっていました。より正確に言うと、恋人らしき人たちが集まっていました。
けっこう距離があるので、なにをしているのかはわかりません。
「おー、確かに。なんだろうな、あれ?」
「なにか、新しい新名所でもできたんでしょうか?」
「行ってみるか?」
「はいっ」
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
今回から、第二部、という感じになります。
今度は、どんな問題が待ち受けているのか?
そして、妹はどんな顔を見せてくれるのか?
お付き合いいただけるとうれしいです。




