31話 妹の心
急いで結衣を追いかけて、街中を駆け回り、探して……
公園で、ようやく妹を見つけた。
大事な、大事な妹を見つけた。
「兄さん……どうして……?」
「結衣を探していたに決まってるだろ……結衣は、俺の大事な妹なんだから」
「あっ……」
結衣を抱きしめた。
もう逃さないように、離れていかないように……おもいきり抱きしめた。
結衣は抵抗しない。
ただ、抱きしめられるまま、呆然としている。
「いらない子なんて……そんな悲しいこと、言わないでくれよ……」
「でも、私は……」
「俺、バカで鈍感で要領が悪くて……いつもいつも、結衣に迷惑をかけてると思う。そんなダメなヤツだけど、一つだけ、わかることがあるんだ。ハッキリと言えることがあるんだ」
「それは……?」
「結衣に一緒にいてほしい」
ぴくんっと、結衣の体が震えた。
凍えている心を温めるように、より強く抱きしめる。
何度も何度も、繰り返し、言葉をかける。
「結衣は家族だ。俺の大事な妹だ。いらないなんて、思うわけがないだろ。そんなこと、絶対に思わない!」
「でも……私、お母さんに……す……捨てられ、て……」
「あんなバカ親のことなんて、気にするな。こっちから捨ててやったんだ、くらいに思ってやれ」
「お父さん……家に、帰ってこなくて……」
「ごめんな……父さんも、心の整理が必要なんだ……今回の提案も、悪気があったわけじゃないと思うんだ。大切だからこそ、触れることが怖くて、二度と失いたくなくて……それで、過剰に反応してたんだと思う。家に帰ってこないのも、どんな顔をしていいのかわからないと思うんだよ……いつか、連れ戻すから」
「わ、私……兄さんに……いらないって、思われていたんじゃないか、って……」
「そこは、ホント、軽率だった。考えなしの発言だった。もっとよく結衣のことを考えるべきだった、本当にすまない……でも、俺が結衣のことをいらないなんて、そんなこと思わないよ。思うわけないだろ」
結衣を抱きしめる。
この胸に想いが届くように、さらに強く、強く……小さな体を、ぎゅうっと抱きしめた。
「俺、寂しかったんだ。小さい頃はずっと一人だったから……だから、家族がほしかったんだ。それで、結衣が妹になってくれて……本当にうれしかった。結衣が家族になってくれたことは、今まで生きてきた中で、一番うれしいことだよ」
「それ、私と同じ……本当……ですか?」
「ウソなんてつかない。本当だ」
結衣の瞳に涙が溜まる。
でも、泣かない。涙は流さない。
こんな小さな体で、ずっと耐えてきたんだな……我慢してきたんだな……
もう、いいから。
我慢しなくていいから。
全部、吐き出していいから!
「何度でも言うぞ? 結衣がいらないなんてこと、絶対にない。俺は、結衣と一緒にいたい。家族でいてほしい」
「本当に……?」
「ああ。結衣は、俺の大事な妹だ」
「よく……聞こえませんでした」
「結衣は俺の大事な妹だ。大事な家族だ」
「私、必要ですか……?」
「すごく必要だ。いてほしい。いてくれないと困る」
「どんな風に、困ってしまいますか……?」
「また、一人になっちゃうからな。寂しくて泣くかもしれない。あと、しっかりした結衣がいてくれないと、俺、だらしなく、ダメダメになりそうだ。そうなんだよ……俺、もう結衣がいない生活なんて考えられないんだ」
「私、は……兄さんと一緒にいても、いいんですか……?」
「もちろん」
ぽろりと、結衣の頬を涙が伝う。
やがて、涙の粒がいくつも流れて……
「うっ、えっ……ひっく……」
「もう一回、言うからな? っていうか、何度でも言うから。結衣は、俺の大事な大事な妹だ。いらないなんてこと、ありえない。だから……俺と一緒にいてほしい」
「うぅ……に、兄さん……兄さんっ!!!!!」
結衣も俺に抱きついてきた。
そのまま、涙を流す。
母さんが消えた後、ずっと溜め込んできたものを……全部、外に出す。
「ひぅっ、ううううう……私、こ、怖くて……いらない子って言われたくなくて……兄さんさえも、疑ってしまって……」
「うん」
「でも……どうしようもなくて……止められなくて……」
「うん」
「兄さんと……一緒、にっ……いたいです……兄さんの妹で、いたいですっ!」
「うん」
「ずっと、ずっと……これからも、ずっと……兄さんっ!」
「ああ、一緒だ」
「うあっ、あああああ……うっ、ひぅ……うぇえええええっ!!!!!」
子供のように泣く結衣を、優しく抱きしめ続けた。
――――――――――
「……ぐすっ……兄さん、今、こっちを見ないでください。私、ひどい顔をしていますから」
しばらくして落ち着いたらしく、結衣はそっと離れた。
ただ、さっきまで泣いていたから、目は赤い。
頬に涙の跡も残っている。
「俺は気にしないよ」
「私が気にするんですっ。こんな顔を兄さんに見せてしまうなんて、もしもかわいくないなんて思われたりしたら、ショックでどうにかなってしまいそうです!」
「お、おう……すまん」
あまりの勢いに、ついつい謝ってしまう。
女の子はいつでもどんな時でもかわいく見られたい、っていうことなのか?
年頃の女の子は気難しいな……
それとも、俺が鈍感なだけなのか?
「少しは、いつもの調子を取り戻したみたいで安心したよ」
「その……すいません。恥ずかしいところを見せました」
「気にしてないし、恥ずかしいところとか言うなよ。結衣が素直に甘えてくれたみたいで、俺はうれしいよ」
「あ、甘えた……!? 私が兄さんに……そ、そういうことになりますね、確かに……なんてことをしてしまったんでしょう、私は。せっかくの体験なのに、いっぱいいっぱいでなにも覚えていなくて……なんて惜しいことを! あっ、いえ、なんでもありませんよ? ええ、なんでもありませんからね?」
「お、おう?」
まだ情緒不安定なのか、結衣の様子がちょっとおかしい。
でもまあ、いつも通りなのかな?
「結衣」
「なんですか、兄さん?」
「俺たちの家に帰ろう」
そっと、手を差し出した。
結衣は、その手と俺の顔を交互に見て……
「はいっ!」
満面の笑みで、手を繋いだ。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
今回の話で、兄妹の絆が、また一つ深くなりました。
今後、色々なことが起きて絆が強くなっていきますが、
その果てにどうなるか? お付き合いいただけたらうれしいです。




