29話 妹はショックを受けます
俺は、ずっと考えていた。
結衣と仲良くなりたい。本当の家族のように、仲良くなりたい。
そう思っていたから、願っていたから……
父さんが家に帰らなくて、母さんが出て行った、この壊れた家で、結衣と二人で暮らしてきた。
ずっと一緒にいたいと思っていた。
だけど、それは、俺のわがままなのかもしれない。
結衣をこんなところに閉じ込めておくなんて、いけないことなのかもしれない。
俺のわがままに付き合わせないで……
もっと安全なところで……楽しく笑っていられるような、そんなところで過ごすべきなのかもしれない。
だから……
「あ……」
携帯が鳴る。
相手は……父さんだ。
「……もしもし」
電話に出ると、父さんは軽い世間話の後、『あのこと』を聞いてきた。
それに対して、俺は……
「……わかったよ。一応、話してみる。もしかしたら、父さんの言う通りにした方がいいかもしれないから……」
――――――――――
夜。
夕飯を食べ終えて、あとはのんびりと過ごすだけ。
そのタイミングで、俺は結衣に声をかけた。
「結衣。ちょっといいか? 大事な話があるんだけど……」
「大事な話……ですか?」
なぜか、結衣がもじもじとする。
チラチラと、小動物みたいにこちらの様子をうかがう。
「兄さんからの大事な話……も、もしかして、正式に付き合ってほしいとか……あるいはあるいは、ぷ、プロポーズ……えへ」
「結衣?」
「あっ、いえ。なんでもありませんよ? なんでも。兄さんのことで頭がいっぱいになったりなんてしてませんから、勘違いしないでくださいね? 身の程を知ってください」
「あ、うん」
なんで罵倒されているんだ、俺は?
「えっと……」
ごほんと咳ばらいをして、気持ちを切り替える。
そして……本題を切り出す。
「結衣、これを見てくれないか?」
「これは……学校のパンフレットですか?」
桜花女学院……それが、結衣に渡した学校のパンフレットだ。
女子高で、完全寮制度。
警備も万全で、安心して子供を預けられると、評判の良い学校だ。
「このパンフレットがどうかしたんですか? それとも、この学校について、なにか話が?」
「以前、父さんから提案されたんだけど……その学校に入ってみないか?」
「……はい?」
結衣がきょとんとして、首を傾げた。
犬が突然、日本語をしゃべりはじめたところを見た、というような感じだ。
「えっと……私たち、この学校に? でも、兄さんは男だから、入れないですよね?」
「いやいや、俺は行かないよ。行くのは、結衣だけだ」
「……え……」
パサリと、結衣の手からパンフレットが落ちた。
「ここ最近、色々あっただろ? 痴漢に遭ったり、変な男につけまわされたり……それで、父さんは心配してて……」
仕事で忙しい父さんに、俺たちの近況を話して……すると、父さんはこんな提案をしてきたんだ。
『結衣を安全な女子校に転入させないか?』
正直なところ、驚いた。
父さんは、家を、俺たちを避けているように見えたから。
でも、どうすればいいかわからないだけで、根の部分では、俺たちのことを考えてくれていた。
だから、結衣のために安全で新しい環境を用意した方がいいんじゃないか? と提案したんだろう。
「その学校なら、今までみたいな危険はないはず。セキュリティはばっちりみたいだし、色々調べたんだけど、過去に事件が起きたこともないし。結衣にいいんじゃないかな、って父さんに言われてて……」
「そんな、わけ……」
ダンッ、と結衣がテーブルを叩いた。
泣いているような、怒っているような……
今までに見たことのない……
ずっと一緒に暮らしていて、本当に、見たことない……初めて見る顔をして、叫ぶ。
心の想いを解き放つ。
「そんなわけ、いいわけ、あるわけないじゃないですか! なんなんですかっ、それは! どうして、私が家を離れないと……兄さんと離れないといけないんですか!?」
「また、今日みたいなことが起きるかもしれないから……」
「兄さんが守ってくださいよっ、私のこと、守ってくれればいいじゃないですか!」
「そうするつもりだった。俺が結衣を守るって、ずっとそう思っていた。でも、俺はまだ子供で、大した力もなくて……だから、少しでも危険が少ない方が……俺は、結衣と離れたくないけど、安全になることは間違いないから……」
「だからって、こんな選択……ひどいですよぉっ!!!」
「結衣……?」
結衣は……泣いていた。
悲しそうに、悔しそうに、寂しそうに……
迷子になった子供のように……泣いていた。
「私はっ……兄さんと、い、一緒にっ……ひっく……一人なんて、もう、い、イヤですから……置いていかれたく、ないのに……うぅっ」
「結衣、俺は……」
「お父さんは、私を……やっぱり、いてほしくないんですか……」
「そんなことない。父さんは、結衣にどう接したらいいかわからなくて、でも、向き合おうとしてて……それで、考えた末の答えなんだよ、これは」
「そんなこと言われても、信じられません……それに、兄さんは、どうなんですか? 私を……置いて、行くんですか……? 私のこと、いらないんですか? 必要、ないんですか……?」
「そういうわけじゃない! 待ってくれ。俺はただ……」
「いやです……聞きたくないです……! 私は、ただ……兄さんと一緒にいらられば、それで……それなのに、出ていけなんて……」
違う。
違う。
違う。
そういうことじゃないんだ。
結衣に出ていけなんて、そんなことを思ったことは一度もない。
父さんの提案も、一理あると思ったんだ。
今は、俺しかそばにいられないから……いつも、守ることはできないから……
だから、父さんの言うようにした方がいいんじゃないか……って。
俺はただ、結衣のことを思って……
……でも、それは、うまく言葉にならない。
結衣が本気で、心の底から泣いているのを見て、動揺して……
思うように言葉を紡ぐことができない。
想いを伝えることができない。
「私は……いらない子なんですね……」
「そんなことは……!」
「お父さんのことは……覚悟は、していました。でも、兄さんだけは、違うって……そう思って……でも、私の勘違いで……」
「待った。俺の言い方が悪かった、考えなしの言葉だった。勘違いしないでくれ。俺にとって、結衣は……」
「聞きたくありませんっ!!!」
拒絶の言葉を叩きつけられて、思わず言葉に詰まってしまう。
「私は……私は……!」
「結衣っ」
手を伸ばすけれど、届かなくて……
俺の手から零れ落ちるように、結衣の体が離れて……
「兄さんの……ばかっ!!!」
涙を残して、結衣は家を飛び出した。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
今回で、一気に物語が加速しました。
そんなに長引かせないですが、妹の内面を描いていきます。
どんな想いを抱えていたのか?
そこを見て頂けたらうれしいです。




