287話 妹とデートを終えて……
「……」
「……」
映画館を後にして……
俺達は無言だった。
正確にいうと、どんなことを話せばいいのかわからなかった。
結衣があんなことをするから……
意識してしまい、仕方がない。
「……あっ」
「ん?」
ふと、結衣が横を見た。
つられて視線を移すと……
「ぶはっ」
『休憩:2時間4000円』
の文字が目に入り、思わずむせてしまう。
「……あの、兄さん」
「な、なんだ?」
声がうわずってしまったのは、仕方ないと思ってほしい。
こちとら、恋愛初心者なんだ。
デート帰りのいい時間帯にホテルの近くに来て、意識しない方が難しい。
「兄さんは……したいですか?」
「えっと……今、なんて?」
「唐突に、難聴主人公のようなことを言わないでください!」
「そ、そんなこと言われても、仕方ないだろ」
バッチリ聞こえていた。
その意味も理解している。
「なんで、そんなことを聞くんだよ……?」
「それは、その……恋人なら、いつかするのかな、って思いまして……」
「まあ……かもな」
「兄さんは……したいですか?」
「……よくわからない」
それは、ごまかそうとしているのではなくて……
俺の本心だった。
結衣のことは好きだ。
妹だけではなくて、一人の女の子として見ている。
抱きしめたいと思うし、キスしたいと思う。
その先もいずれ……
ただ、父さんの問題がある。
結衣と一歩を踏み込んだら、もう、後戻りできない。
その結果……家族が、決定的な崩壊を迎えてしまうかもしれない。
そう考えると、どうしても、一歩を踏み込むことができない。
「ぶっちゃけてしまうと、したいとは思う。ただ、それは俺達だけの問題で済むなら、という前提条件があってのことで……」
「お父さんのこと、ですね」
「……そうだな」
結衣も同じことを考えていたらしい。
微妙な顔をしていて……
さっきまで浮かべていた笑みは、もう、見られない。
「……なんとかするよ」
「兄さん?」
「なんとかしてみせる」
結衣に……大好きな女の子に、そんな顔をしてほしくない。
だから、俺は、安心させるように力強く言う。
「絶対に、結衣を泣かせるようなことは……悲しませるようなことはしないから。だから、俺を信じてついてきてくれないか?」
「……それ、プロポーズみたいですね」
「え? い、いや、そういう意味じゃ……」
「くすっ、わかっていますよ。ちょっと意地悪しました」
小さく笑う結衣。
最近の結衣は、ホント、凛ちゃんに似てきたような気がする。
小悪魔な妹。
小悪魔な彼女。
それも悪くないなんて思う俺は、すっかり、結衣にやられてしまっているのだろう。
「私は、いつでも、どんな時でも兄さんを信じていますよ」
「そっか」
「だから……私を笑顔にしてくださいね?」
「もちろん」
結衣の頬をそっと撫でる。
すると結衣は、瞳をしっとりと潤ませて、求めるような視線をこちらに向けた。
求めていることは……
「結衣」
「んっ……兄さん」
そっと、唇を交わした。
ただ、触れるだけのキス。
それでも、すごく心地よくて……
胸が温かくなった。
絶対に結衣を離さない。
改めて、そう誓う。




