281話 妹と二人だけの秘密
俺と結衣は付き合っている。
数ヶ月前は、単なる恋人のフリだった。
でも、今は違う。
結衣のことが好きで……
結衣も俺のことが好きで……
『本物』の関係だ。
「俺達のことは……」
父さんに話すべき……だと思う。
俺達はまだ子供で……
父さんの保護下にある。
それなのに、好き勝手するわけにはいかない。
だけど……
普通に考えて、賛成してくれるわけがない。
反対されるのが当たり前だ。
俺と結衣は血は繋がっていないものの、兄妹だ。
兄妹が結ばれるなんて、普通は、ありえない。
それに、世間体のこともある。
明日香や近しい人達は祝福してくれるものの、そうでない人達も同じとは限らない。
そのことを考えると、やっぱり……
「兄さん……」
結衣が小さな声で俺を呼ぶ。
俺が黙っていたことで、結衣を不安にさせてしまったらしい。
「悪い、ちょっとあれこれ考えてた」
「私達のこと……どうしましょう? その……やっぱり、話した方がいいんでしょうか?」
「……そう、だな。話さないといけないと思う」
「です、よね……」
「ただ……今はやめておこう」
「え?」
「ほら。今は、父さん忙しそうだろ? 仕事のことがあるだろうし……そんな時に俺達のことを話しても、迷惑をかけることになるかもしれない」
「そう……ですね」
「もう少し、様子を見てからにしよう。タイミングを見て……それから、決めよう」
これが逃げということは理解していた。
単に時間を伸ばしているだけということも理解していた。
それでも。
今、この温かい時間が失われるかもしれないと思うと、前に進むことができなくて……
なんの意味もない『停滞』を選んでしまう。
「……ねえ、兄さん」
「うん?」
「もしも……もしも、ですよ? 私達のことを話して、それで、お父さんに反対されたら……兄さんは、どうしますか? その……別れますか?」
「……」
そんなことはない、と断言すれば、結衣を安心させることができる。
でも、内容が内容だけに、簡単に返事をすることはできない。
これ以上は、無責任になりたくないから……
だから、しっかりと考えてから答えたい。
父さんに反対された時のシミュレーションを、脳内でしてみる。
結衣のことは諦めなさい、と言われるのが一番ありえる可能性だろう。
そう言われた時は?
俺は、結衣のことが諦められる?
普通の兄妹に戻ることができる?
「……ないな」
考えて、考えて、考え抜いて……
色々な可能性を検討してみたものの、結衣と別れるという選択肢はありえなかった。
そもそも、散々迷った末に、ようやく結衣を受け入れることができたんだ。
それなのに、やっぱりなかったことにしよう、なんて適当なことを言えるわけがない。
どんなことがあろうと結衣を受け止めてみせる。
そんな覚悟で、俺は告白を受け入れたはずだ。
「大丈夫だ」
「あ……」
そっと、結衣を抱きしめた。
その体に抱える不安を取り除くように、優しく背中をなでる。
「例え反対されたとしても、俺は結衣と一緒にいるよ」
「本当ですか……?」
「約束してもいい。別れたりなんてしない」
「……期待しちゃいますよ? 頼りにしちゃいますよ?」
「存分にしてくれ」
「もう……兄さんは、いつも私の欲しい言葉をくれるんですね」
「兄であり、恋人だからな」
「今のセリフ、ちょっとくさいです」
「ひどいこと言うな」
「ふふっ」
結衣が笑う。
不安は、まだ完全に消えたわけじゃないけど……
それでも、笑うだけの余裕は戻ってきたようだ。
「これからのことを、一緒に考えよう。父さんに反対されても、そこで諦めることはしないで……なんとか説得する方法を考えよう。諦めないで、粘って……認めてもらおう」
「はいっ」
結衣はうれしそうに笑い……
そっと、俺にしがみついてきた。




