280話 妹とこれからの関係
父さんと久しぶりにまともな話をした。
そんな父さんが、会社をクビになり……色々あった末に、これからは家になるべくいるようにする、と言った。
衝撃的な出来事だった。
父さんは、母さんのことを吹っ切れたのだろうか?
気になるけれど、さすがにそんなこと聞けるわけがない。
一人で過ごす、なんてことは思い浮かばなくて……
父さんが出かけた後、部屋着に着替えて、結衣の部屋に集合した。
「……なんか」
結衣はベッドに座り、俺は椅子に座る。
そんな中、結衣がぽつりと呟いた。
「久しぶりに……本当に久しぶりに、お父さんとまともに話をしたような気がします」
「……そうだな」
「とんでもない内容だったというか……終始、驚いてばかりでしたけど……」
「まさか、クビになってるなんてな」
「そうですね……驚きました。でも、うれしかったです」
「……」
「お父さんに避けられているんじゃないか、ってどこかで怯えていて……でも、お父さんは普通に接してくれて……それだけのことが、すごくうれしかったです」
「そっか」
結衣の隣に移動する。
並んでベッドに座ると、結衣がこちらの肩に寄りかかってきた。
しっかりと受け止めて、頭を撫でてやる。
「ん……兄さん、温かいですね」
「結衣もな」
しばし、沈黙が流れる。
でも、気まずいなんてことはない。
どこか温かくて……
落ち着くことができた。
寄りかかったまま、そっと結衣が口を開く。
「兄さんは、お父さんのこと、どう思いますか?」
「これからは……ってところか?」
「はい」
「……いいんじゃないかな」
歪に形成されていた家族が、正常な姿に戻るチャンスだ。
結衣が求めていて……
俺では叶えることができないものを、叶えてやることができる。
「結衣はどう思う?」
「うれしいとは、思います……ただ」
結衣の顔が不安そうになる。
「お父さん……私のこと、邪魔に思ってないでしょうか……?」
寂しそうに言う結衣が、すごく儚く見えて……
たまらずに、俺は結衣を抱き寄せた。
「ひゃっ……に、兄さん?」
「大丈夫だよ」
「……」
「父さんは、そんな人じゃないさ」
「それは……」
「結衣の母さんのことは、たぶん、まだ色々引っかかっていると思う。忘れられていないと思う。でもさ、結衣を邪魔に思うなんてこと、ないよ」
「そう、でしょうか……?」
「本当に邪魔に思ってるなら、ちゃんと話をしないし……そもそも、放り出していたと思う」
「……」
「これから、溝を埋めていけばいいさ。結衣ならできる、って信じてる。きついようなら、俺を頼りにしてくれ。なんでもするよ」
「なんでも、ですか?」
「なんでも、だ」
「……頼りにしますね、兄さん」
ぎゅ、っと結衣がしがみついてきた。
わずかに震えている。
そっと、頭を撫でた。
落ち着くように。
安心できるように。
結衣のことを想い、繰り返し頭を撫でた。
「……ふぅ」
ほどなくして、結衣がそっと離れた。
「落ち着いたか?」
「はい……ありがとうございます」
「いいさ。結衣の良い匂いがしたから、役得だしな」
「に、兄さんえっちです!」
「冗談だよ」
「どうでしょうか……今のは、本気っぽい発言でした……」
しまった。
余計なことを言うんじゃなかった。
「でも……いいです。許してあげます」
「助かるよ。さすが、結衣さま。代わりに、今日の夕飯は好きなものを作るよ」
「……それはいいです」
「え?」
「私じゃなくて……お父さんの好きなものを作ってあげてください」
「……そっか」
結衣も、父さんに歩み寄ろうとしている。
まだ、方法がわからず、手探り状態なんだろうけど……
それでも、一歩一歩、前に進もうとしている。
そのことがわかり、なんだかうれしくなった。
「ところで、兄さん……これからのことで、どうすればいいかわからないことがあるんですけど……」
「うん? どうした」
「その、ですね……」
チラチラとこちらを見て……やがて、決意したように言う。
「私と兄さんの関係……お父さんには、黙っておいた方がいいでしょうか? それとも、話した方がいいんでしょうか?」
「……あっ」
そのことをすっかり忘れていた俺は、間の抜けた声を漏らしてしまうのだった。




