28話 妹のピンチを助けるのは兄の務め
「んー……遅いな」
『少し遅れます』というメッセージをもらい、教室で待っているものの、一向に結衣が現れる気配はない。
トイレとか、教師に雑用を頼まれたとか……そんなところで、すぐに来るだろうと思っていたんだけど……
「たまには、俺の方から迎えに行ってみるか」
彼氏らしいこと、しないとな。
鞄を手に、俺は教室を後にした。
そのまま階段を降りて、一年生の教室が並ぶ階に移動する。
「えっと、結衣は……いないな」
結衣のクラスを覗いてみるけれど、見当たらない。
代わりに凛ちゃんを見つけて、ちょいちょいと手招きをした。
「なんですか、先輩? 秘密の逢引の誘いですか?」
「正面から来ておいて、秘密もなにもないだろ。それよりも、結衣のヤツ知らない?」
「そのことなんですが……」
ちょっとだけ難しい顔をして、凛ちゃんは結衣の行き先について話した。
男子生徒が結衣を訪ねてきたこと。
その男子生徒と一緒に、結衣が別の場所に移動したこと。
「もしかして、告白?」
「だと思います。ただ……」
「ただ?」
「結衣はすぐに断るタイプなので、いつもならもう戻ってきていてもおかしくないんですが……それと、結衣を呼び出した男は、前に告白をした人でした。彼氏がいるのに、また告白するような人ですから、もしかしたら、しつこく食い下がられているのかもしれません」
「それ、大変じゃないかっ」
話を聞いただけだけど、相手はろくでもなさそうな感じだ。
放っておいて、妙な事件に発展したりしたら……
いてもたってもいられず、教室を飛び出そうとするが、凛ちゃんに止められる。
「私も一緒に行きます。ちょうど、様子を見に行こうと思ってたところですし」
「いや、でも、荒事になるかもしれないし……」
「そういう時は、先輩にお任せします。でしゃばりません。というか、先輩は結衣たちがどこに行ったのかわからないでしょう」
「あっ……」
「私が案内します」
「凛ちゃんはわかるの?」
「途中まで後をつけていたので」
「あのね……」
「さすがに邪魔をするつもりはないので、途中でやめましたよ?」
親友相手に、なんて野次馬根性を発揮するんだ、この子は。
呆れるものの……まあ、今はそれが良い方向に働いたということで、深く考えないことにしよう。
「二人は中庭に向かったはずです。急ぎましょう、先輩っ」
「ああ!」
靴を履き替える手間も惜しくて、通用口から外に飛び出した。
教員用の駐車場を駆け抜けて、ショートカットして中庭に移動する。
結衣は……いた!
「なんでっ、なんでだよ! あんなヤツより、俺の方がいいじゃないか! 迷う必要なんてないだろ!!!」
「やめて、ください……! 私と兄さんを否定しないで……そんなこと、口にしないで……お願いだから、やめてください……うぅ……」
結衣が腕を掴まれて、乱暴に迫られていた。
結衣の瞳には、涙が滲んでいて……
「おいっ!!!」
「えっ……?」
「なにしてんだっ、お前!!!」
駆け寄り、男子生徒を結衣から引き離した。
「なんだよっ、邪魔するなよ! あんたがいるから、俺はっ……!」
「兄さんっ!」
「結衣は下がってろ!」
「結衣、こっちへ!」
少し遅れて駆けつけてきた凛ちゃんに、結衣が保護される。
凛ちゃんに任せておけば、安心だ。
「俺の大事な妹に、なにをしてくれてんだ?」
「うるさいっ! うるさいうるさいうるさいっ、余計なことをするな! 邪魔をするな! 俺は間違ってない!」
「なにを話していたか知らないけどな、結衣を泣かせておいて間違っていないわけないだろうが! そんなことを言い張るか、お前は!」
「俺は、七々原さんが好きなんだ! あんたには関係ないだろっ、引っ込んでいろよ!」
「関係大アリだ!!!」
力任せに、おもいきりぶん殴る!
「うあっ……うっ、ぐううう……」
漫画みたいにいかないもので、男子生徒は気絶してくれない。
でもまあ、その方が好都合だ。
倒れた男子生徒の胸ぐらを掴み、頭突きをするような勢いで顔を近づけて、凄む。
「俺は、結衣の兄だ」
――――――――――
<結衣視点>
兄さんが助けてくれた後、成り行きを見ていた他の生徒が先生を呼んで……
ちょっとした騒ぎになってしまいました。
兄さんは、男子生徒を殴ったことで怒られてしまいましたが……凛ちゃんが説得をして、私を助けるために仕方なかったということで……なんとか、穏便に済ませることができました。
それから、私たちは細かい事情を話して、その後、解散になりました。
あの男子生徒は、もうしばらく先生たちが話をするそうですが……もう顔も見たくないので、どうなったのかは知りません。
私と兄さんは、凛ちゃんにお礼を言って、帰路につきました。
「なあ、結衣。そんなにくっつかれたら、歩きにくいんだけど……」
私は、コアラよろしく、兄さんにぴったりとくっついていました。
兄さんの腕を両手で抱えて、離れません。
……正確に言うと、離れることができませんでした。
「……イヤです。離れません。兄さんは、傷心の妹にむごい仕打ちをするつもりなんですか? 慰めてくれないんですか? ひどいです、鬼畜です」
「むごいって……いや、まあ、結衣がいいなら、それでいいんだけど……」
「私は、このままがいいです……だから、もう少し……」
「ああ、いいよ」
そっと、頭を撫でられました。
兄さんの優しい手……好きです。
でも……
『兄妹で恋人なんておかしい』
あの男子生徒の声が頭の中で蘇ります。
私と兄さんは血が繋がっていません。義理の兄妹です。
『本物』ではありません。
兄さんが好きだから、という理由もありますが……
それ以上に、『絆』が欲しくて……兄さんとの『繋がり』が欲しくて……
だから、恋人になることを求めました。
でも、それを否定されて、私は……
「……兄さん……」
「うん?」
「……ずっと、一緒にいてくださいね」
……兄さんは、黙ったまま、ただただ、優しい笑みを浮かべていました。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
ちょっと不穏な感じになってきました。
でも、根本的な『兄と妹』というテーマはそのままなので、
このままお付き合いいただけたらうれしいです。




