279話 妹の父親
七々原雄二。
俺達の父親で……
辛い思い出のある家を避けるように、ずっと、仕事に没頭していた男。
同じ家に住んでいながら、年に数回会うか会わないか、という程度の関係。
正直なところ……
父さんに対する思いは複雑だ。
母さんとの関係がろくでもないものになって……
相当辛いはずなのに、弱音も愚痴もこぼさない。
俺達を養うために働いてくれている。
そこは感謝している。
ただ……
家にほとんど寄り付くことなく、結衣を避けるようにしていたことは……
その点は、どうしようもない苛立ちを覚えてしまう。
気持ちはわからないでもない。
でも、理屈で割り切れるものじゃない。
父さんは悪くないって、わかってはいるんだけど……
もう少し、結衣のためになにかしてあげてほしい。
そう思わずにいられなかった。
「……お父さん?」
続けてリビングにやってきた結衣が、呆然としながら呟いた。
「二人共おかえり」
「あ……はい。その……ただいま、です」
ぎこちなく応える結衣。
俺は、なんて返したらいいのかわからず、無言を通してしまう。
「久しぶり、というのも何か変な話だね」
「それは、まあ……はい」
「えっと……父さんは、どうしたんだ? こんな時間に」
やっとのことで、そんな言葉が出てきた。
「実は、会社をクビになってしまってね」
「あ、そうなんだ」
「それは大変ですね……」
結衣と一緒に、適当な相づちを打ち……
互いに顔を見る。
ん? というような顔をして……
「「クビっ!!!?」」
揃って結衣と叫んだ。
「それ、マジか!? マジなのか!?」
「うん、マジだね」
「そ、そんなに落ち着いていていいんですか!? えっと、こういう時は、ほら……あれ、慌てない方がいいような……?」
「お、落ち着け、結衣。俺達、混乱しているぞ。そうだ、ほら、深呼吸をしよう」
「そ、そうですね。すー……はー……」
「宗一と結衣の方が、僕よりも慌てるなんておかしな話だなあ」
「父さんが落ち着きすぎなんだよ!?」
「お父さんが落ち着きすぎなんです!?」
息ぴったりのツッコミをいれてしまう。
落ち着いてない、と言われても……
仕方ないだろう?
父親が仕事をクビになった、なんて言われて笑っていられる方がおかしい。
「まあまあ、二人共、落ち着いてくれないか」
「そんなこと言われてもな……」
無茶振りをしてくれる。
「仕事はクビになるが、まだ一ヶ月先のことだ。解雇通告は、それくらいの期間を空けないといけないからね。で、次の仕事も、もう決まっているんだ」
「そ、そうなんですか……?」
「うん。給料は少し下がってしまうが……今まで、もらいすぎていた感があるからね。多少下がっても、問題ないと思うんだが……どうかな、結衣?」
「えっと……どれくらいです?」
「これくらいかな」
結衣と父さんが給料と生活費についての相談をする。
家計を預かってきたのは結衣なので、この辺りは結衣の担当だ。
「……なるほど。それくらいなら、ぜんぜん問題ありませんよ」
「そっか、よかった」
どうやら、話は良い方向でまとまったらしい。
家を追い出されるとか、そういう話にならなくてよかった。
「えっと……そのことを伝えるために、早く帰ったのか?」
「それもあるんだけどね。これから、次の会社の人と色々と話をする予定なんだ。そのために、半休をもらってきたんだよ。今まで、ほぼ休みなく働いていたからね。有給はたくさんあるから、まったく問題ないよ。はははっ」
それ、笑えないから。
「……今更、と思われるかもしれないけど」
父さんが神妙な顔つきになる。
謝罪をするような、自責をするような……
そんな複雑な顔になる。
「宗一、結衣……すまない」
「え?」
「お、お父さん……?」
「僕はダメな父親だ……母さんに逃げられて、それで、二人からも逃げようとして、仕事に没頭して……色々と振り回してきてしまった。本当にすまないと思う。でも、もう、それはやめにしようと思うんだ。すぐにうまくいくなんて思っていないけど……宗一と結衣と向き合っていきたい」
「……」
「次の仕事はちゃんと休まないと怒られるし、必要以上に仕事ができるわけでもないし……家に帰る時間もある。あと、辞めることになったから、これからもそれなりに時間はある。虫のいい話かもしれないけど……また……いや、改めて、家族三人でうまくやっていきたいと思っている」
「お父さん……」
「ああ、今は、二人は何も言わなくていいし、考えなくてもいいよ。僕から突然こんなことを言われても、戸惑うだけだろうから。ただ……少しでも考えてくれるとうれしいよ」
父さんは優しく笑い、ソファーの上に置いていた鞄を手に取る。
「じゃあ、さっき言った通り、僕は次の会社に行かないといけないから」
……俺は、なんて声をかければいいんだろう?
家族が一つになることはうれしい。
ただ、今までが今までだ。
本当にうまくやっていけるのか、正直なところ、自信がない。
それなのに、気軽なことは言えない……
迷っていると、結衣が先に動いた。
「あ、あのっ」
「うん?」
「……ごはん……今日は、いりますか?」
「……うん。できれば、あるとうれしいかな」
「わかりました」
結衣は父さんを受け入れるように、緩やかに笑った。




