260話 妹とお祭り・1
日が暮れて夜になる。
夕食の準備を……するわけじゃなくて、玄関で結衣を待つ。
今日は、結衣と一緒にお祭りに行くことになっている。
なんでも、近くの神社でお祭りと、花火大会が開催されるらしい。
夏といえばお祭りだよな。
あと、花火。
断る理由なんてなく、二つ返事でOKした。
……結衣とデートしたい、っていう理由もあったからな。
結衣と本当に付き合うようになって……
夏休みに入り、何度かデートを重ねてきたが、ぜんぜん足りない。
毎日、結衣とデートしたいくらい、想いが膨れ上がっていた。
こんな風になるなんて、以前はまるで考えてなかったなあ……
今の自分を過去の自分が見たら、すごく驚くだろう。
でも、この変化は悪くない。
今の新しい自分を、俺は好ましく受け止めていた。
「兄さん、おまたせしました」
「……」
「ど、どうしたんですか? 兄さん。なんで、何も言ってくれないんですか?」
振り返ると……浴衣姿の結衣。
藍色で、花柄のある浴衣は、結衣によく似合っていた。
かわいいというよりは、綺麗という感じだ。
俺よりも年下のはずなのに、妙な色気を感じるというか、普段よりも大人びて見えるというか……
新しい結衣の魅力を見つけたような気分だった。
「兄さんっ」
「え?」
「え? じゃないですよ、もうっ。なんで、いきなり黙るんですか。その……浴衣、似合っていませんか?」
結衣が不安そうな顔をした。
しまった。
いつまでも黙っているから、誤解させてしまったらしい。
慌てて手を横に振り、素直な感想を口にする。
「そ、そんなことないって! すごくよく似合ってる、いいと思うぞ」
「本当ですか?」
「本当だよ」
「なんだか、とってつけたような感じがします……いいですよ。どうせ、私は子供っぽいですよ。浴衣なんて似合いませんよ」
浴衣が似合わないことに、子供っぽさは関係ないと思うが……
今の結衣はネガティブ思考に陥ってるらしく、拗ねた顔をやめてくれない。
「ウソとかお世辞とか、そういうわけじゃないから。本当に似合ってると思うよ」
「……本当に?」
「世辞とか、そういうの俺が苦手だって知ってるだろう?」
「それは、まあ……」
「いつもと雰囲気が違ってて、それで驚いて……すごくいいから、見惚れたんだよ」
「ふぁ」
「で、すぐに返事できなかった。悪い」
「そ、そうですか……浴衣、似合っているんですね。兄さんの好みなんですね」
「すごくいいと思う。ますます、結衣のことが好きになったよ」
「ひゃあ……」
「ひゃあ?」
「に、兄さんが恥ずかしいことを言うから……あう……へ、変な声が出ちゃったじゃないですか……兄さんのせいですよ……あうあう」
結衣の頬が赤に染まる。
まるで、りんごみたいだ。
もじもじしつつ、チラチラとこちらを見ている。
何かを求めているような視線で……
この時ばかりは、結衣が何を求めているのか理解できた。
「何度でも言うぞ。結衣の浴衣姿はかわいい。すごくいい。ぐっとくる。ますます惚れた。今まで以上に好きになった」
「ひゃあ、ひゃあ、ひゃあああ……ふぁ♪」
言葉で心をくすぐっているように、結衣がふわふわと、恍惚めいた表情を浮かべた。
一応、喜んでくれているんだよな?
かわいいを連呼するなんて、俺としても恥ずかしいんだけど……
でも、口にした甲斐はあったかな。
妹の……大事な彼女の喜ぶ顔を見ることができた。
「えと、その……そ、そろそろ行きましょうか! みんなをまたせたら、申し訳ないですしっ」
「そうだな。忘れ物はないか?」
「えっと……はい、大丈夫です」
「じゃあ、行こう」
「あ……」
家を出ようとしたところで、結衣が小さくつぶやいた。
「どうした? やっぱ、忘れ物か?」
「いえ、そういうわけじゃないんですけど……なんていうか、その……」
チラチラと俺の手を見る結衣。
「……もしかして、手を繋ぎたい?」
「兄さんはエスパーですか!?」
「いや、それだけあからさまな反応をしてたらなあ……」
いくら鈍い俺でも、結衣が何をしたいのか理解できる。
あと、結衣と付き合うようになったからなのか、なんとなくだけど、以前よりは妹の思考を読み取れるようになった……気がする。
「わ、私が手を繋ぎたいわけじゃありませんよ? 兄さんが寂しそうにしているから、仕方なくというだけで……」
「そっか、ならやめておくか」
「あぅ……」
しゅーんと、結衣が意気消沈した。
「やっぱり、手を繋ぐか?」
「っ!」
今度は元気になった。
「いや、無理強いはよくないな。やめておくか」
「兄さん、遊んでません……?」
「バレたか」
「意地悪です……むぅ」
「怒ったか?」
「怒りました。だから……手を繋いでくれないと許しません」
「そらなら、繋がないといけないな。ほら」
結衣に手を差し出して……
「えへへ♪」
結衣はうれしそうに俺の手を握った。




