232話 妹は前を向くようになりました
昼を食べた後は、ウインドウショッピングを楽しむことにした。
店を見て回り、あんな服が似合う、こんな服が似合うと楽しい時間を過ごした。
「そろそろ帰るか」
日が暮れてきた。
結衣も元気になったことだし、良い時間を過ごすことができた。
今日のデートは終わり。
……なんて思っていたんだけど。
「……まだ帰りたくないです」
「夜も外で食べるのか?」
「そういうことじゃありません」
「なら、どういうことなんだ?」
「兄さん、鈍いですね」
はぁ、とあからさまなため息をこぼされた。
え?
俺、何か見落としているのか?
「夜、女の子が帰りたくないと言ったら、答えは一つじゃないですか。なんで、そこに考えが至らないんですか」
「って言われてもな……」
もっと遊びたい?
あるいは、夜にしか行けないところで遊びたい?
……ダメだ。
考えてみるものの、まるで答えが出てこない。
「はい、時間切れです」
「クイズかよ」
「答えは……教えてあげません」
「なんだよ、それ」
「鈍い兄さんは、あれこれ考えて、モヤモヤしてください。乙女心を傷つけた罰です」
「えぇ……」
「まあ……私も、本気じゃなかったからいいんですけどね」
なぜか、結衣がほんのりと赤くなっていた。
わからん。
今の会話に、照れるような要素はなかったと思うんだけど……
「これ、ドキドキしちゃいますね……試しに言ってみただけなのに、本当に兄さんとそういうことになったら……って、想像しちゃうと、もう……あうあう、私、えっちな女の子なんでしょうか?」
「えっちがなんだって?」
「こういう時だけちゃんと聞こえるんですね!」
「なんで怒ってるんだよ」
「なんでもありませんっ」
年頃の女の子は難しい……
「それはともかく。兄さん、ありがとうございました」
「どうしたんだ、いきなり?」
「今日のデートですよ。兄さんのおかげで、私、どうすればいいかわかったような気がしました」
「その答え、聞かせてもらってもいいか?」
「どうしましょうか? 鈍い兄さんが聞いてもわかるとは思えませんが……兄さん、鈍いですし」
「二回言うな」
「大事なことなので」
「このやろ」
「きゃー♪」
手を振り上げると、結衣は楽しそうな悲鳴をあげながら逃げる。
これ、傍から見ると、バカップルになるんだろうなあ……
でも、そんなことも気にならないくらい、結衣と一緒の時間が楽しい。
「特別に教えてあげると……兄さんと付き合うことになっても、別に今まで通りでいいんだ、って思えるようになりました」
「そっか」
「付き合うことになったから……彼女らしく、もっともっと……って、色々なことを求めていたんですけど……別に、何もいらなかったんですね。今日の私は、ホント、いつも通りで……でも、兄さんは笑ってくれていて、私も楽しくて……」
そこで、一度、言葉を切る。
にっこりと結衣が笑う。
「兄さんとの関係が変わっても、私たちは変わらないんですね。今のままでいいんですね。その上で、少しずつ新しいことに挑戦していけば……うーん。やっぱり、うまく言葉がまとまりませんね。結局のところ、なんて言えばいいのか……」
「今の素直な気持ちを聞かせてくれないか? 結衣が思っている、素直で、シンプルな答えを」
「それは……うん。わかりました。まとまったような気がします」
結衣が俺の腕に自分の腕を絡ませる。
抱きついてくるような格好で、俺を見上げて……頬を染める。
「私は兄さんが好きです」
「ああ」
「その気持ちを大切にすることが一番重要であって、あとは、どうでもいいような気がしてきました。恋人らしくしてもいいし、今まで通りでも構わないし……ただ、兄さんに恋してる、っていうこの温かい想いがあれば、それでいいんです。それだけで、全部全部、うまくいくような気がします」
「吹っ切れたみたいだな」
「はい♪」
恋人としてどうすればいいかわからない……なんて言っていた頃の結衣は、もういない。
今は、明るい顔をしていて、なんの憂いもなくて……
まっすぐに前を向いていた。
そんな妹……いや。
そんな『彼女』の顔は、とても綺麗に見えた。
「ありがとうございます、兄さん。今日のデート、私のためにしてくれたんですよね? 私の悩みを解決するために……」
「そこまで考えてたわけじゃないけどな。色々と考えすぎに見えたから、気晴らしになればいいか、って思って誘ったんだよ」
「兄さんの企みは、見事に成功したわけですね」
「企み、って……悪いことを考えてたみたいじゃないか」
「妹をこんな時間まで連れ回すなんて、悪い兄さんです」
「そう言われると、悪いことをしてる気分になってきた……」
「でも、大丈夫ですよ。今の私は妹じゃなくて、彼女ですから♪」
「……」
「あれ? もしかして、照れました?」
「そ、そんなわけないだろっ」
「怪しいです。兄さん、明後日の方向を見てないで、こっちを見てください」
「だが断る」
なんてことのないやりとり。
でも、それが楽しくて……結衣と一緒にいられることは、幸せだった。
こんな時間が大事なんだよな、きっと。
一緒に過ごすことが、恋人としてうまくやっていく条件なんだと思う。
「兄さん。今日は唐揚げを食べたいです」
「もう家事の特訓はしないのか?」
「……おいおい、ということで」
「いつか、結衣が作った唐揚げを食べさせてくれよ」
「その時は、たくさん作りますね♪」
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