215話 妹の決断・1
<結衣視点>
海でたくさん遊んで……
これでもか、っていうくらい遊んで、それから旅館に戻りました。
遊びすぎたのでクタクタです。
疲れを癒やすために、食事より先に露天風呂に行くことにしました。
ただ、凛ちゃんと真白ちゃん、小鳥遊先輩は部屋でゆっくりしていることを選んだので、私と明日香さんの二人きりです。
「ぷはぁあああああぁ……あー……すっごいいいわ……癒やされるぅ」
温泉に浸かり、明日香さんはものすごく幸せそうな顔をしました。
見ているこっちも幸せになるような、そんな顔です。
でも、
「明日香さん、ちょっとおじさんくさいですよ」
「そう?」
「ぷはー、っていうところが特に」
「うーん、自覚はないんだけどねー。なんかこう、自然と出ちゃうのよ。結衣ちゃんはそんなことない?」
「ありませんよ。私は、ちゃんとした乙女ですからね」
「なにそれー、あたしが乙女じゃないみたいじゃない」
「さて、どうでしょう?」
くすくすと笑います。
こんな冗談も言えるくらい、明日香さんと仲良くなれました。
とても心地良い時間が流れます。
「ねえ、結衣ちゃん。ぶっちゃけ乙女トークしない?」
「なんですか、その怪しいタイトルは」
「図らずとも、あたしたち二人きりになったわけじゃない? そんなあたしたちに共通するところといえば?」
「……兄さんのことですか?」
「正解!」
ぱちぱちぱち、と明日香さんが拍手します。
いつもテンション高いですよね。
その元気は、いったいどこから来ているんでしょうか?
「宗一とどこまで進んだ?」
「ど、どこまでというと……」
「もうキスした? えっちは?」
「キっ……!? えっ……!?」
予想もしなかった言葉に、一瞬、思考がフリーズしてしまいます。
「なっ、ななな、何を言っているんですか!?」
「えっちな話をしてるの」
「あわわわっ」
「ガールズトークなら、これくらい普通じゃない?」
「そ、そんなこと知りませんっ」
「結衣ちゃんって、見た目通りに初心なのねー。ウイやつ、ウイやつ。かわいいねー」
「やっ、ちょ……ど、どこを触ってるんですか!?」
慌てて、明日香さんから距離をとります。
でも、逃さないというように、すぐに追いかけてきます。
酔っているんでしょうか?
でも、お酒は元より、酔うような要素はないんですが……
「どうしたんですか? 今日の明日香さん、ちょっと変ですよ」
「んー……まっ、色々と思うところがあってね。安心して、もう変なことはしないから」
「ホントですか……?」
「ホントホント。ただ、ちょっと話さない?」
「兄さんのことについて、ですか?」
「そそ」
「……まあ、いいですけど」
明日香さんは、何を考えているんでしょうか?
気になりますが……考えても答えは見つかりません。
少しのぼせてきたので、段差の低いところに移動して、上半身を風に晒します。
火照った体に夜風は心地よくて、吐息をこぼしました。
「それで……兄さんの話ですよね?」
「そそ。ライバルとしては、どこまで進んでるのか気になって」
「そう言われたら、答えないわけにはいかないじゃないですか……」
「律儀ねー。別に、答えなくたっていいのに。というか、答えない方が普通じゃない? 自分の進展状況を晒すなんて、リードを失うようなことだもの」
「それは、そうかもしれませんけど……」
「まあ、結衣ちゃんが言ってくれるよりも先に、自爆しちゃったんだけどね。あんなに動揺してたら、まだ何もしてない、っていうの丸わかりよ」
「うっ……」
妙に恥ずかしくなって、視線を逸らしました。
私と兄さんの進展具合を他に人に知られるというのは、思っていた以上に恥ずかしいですね……
私の恋愛事情が赤裸々になっているというか、心が覗かれているみたいというか……
「えっちは、まあ、人それぞれだからいいと思うけど、キスはしないの?」
「それは、そのぉ……」
「したくてもできない?」
「……そんな感じです」
兄さんとキス……したいです。
すごくしたいです!
優しいキスから、お……大人のキスまで! 全部したいですっ。
でも、私たちはまだ『本物』じゃないから……
「まあ、宗一は、こういうことに関しては恐ろしいほど鈍いからねー。それに、ああ見えて奥手っぽいし。結衣ちゃんも、苦労するわね」
「その点は、まあ……苦労してます」
何度、告白めいたことを口にしてきたか……
そして、何度、素知らぬ顔をされたことやら……
「お互い、どうしようもないヤツを好きになっちゃったわね。苦労しそうなのに、止められないし……自分で言うのもなんだけど、やれやれね。大変な道っぽいけど、がんばりましょ」
励ますようなことを言われて、ちょっと困惑しました。
どうして、明日香さんはここまで優しいんでしょうか?
今も私のことを気遣ってくれて……
ライバルとなると、普通は、もっと苛烈な関係になるような……?
「……明日香さんは、どうして優しいんですか?」
「ん? どゆこと?」
「だって、私たち、ライバルじゃないですか。兄さんを取り合う。それなのに、私のことを気遣ってくれたりして……助けてくれたこともありますし……背中を押してくれたこともあります。なんでなのかな……って」
「そんなの決まってるじゃない」
明日香さんはにっこりと笑い、
「結衣ちゃんのことが好きだからよ」
そう言いました。
「明日香さん……」
「あっ、好きって言っても、恋愛対象じゃないからね? 妹みたいに思ってる、ってことよ? 勘違いしたら……うーん、でも、結衣ちゃんならアリかも? とんでもない優良物件だし」
「えぇ!?」
「ふふっ、冗談よ。まあ、そんなことを冗談でも思うくらいに、結衣ちゃんのことが好きなのよ。だから、ライバルとはいえ、なんでもしてあげたくなるの」
「……」
明日香さんの優しさがうれしいです。
同時に、申し訳なく思いました。
私は、明日香さんのライバルじゃない……
正々堂々と勝負をしていない。
そのことが申し訳なくて……
これ以上は無理、と思ってしまいました。
(兄さん、ごめんなさい……自分で言いだしたことなのに、勝手なことをしてしまいます)
これ以上、明日香さんを騙すことはできません。
明日香さんとも、本当の意味で向き合いたいから……
「あの……明日香さん、大事な話があるんですが……」
「なに? もしかして、告白かしら?」
「そうじゃないんです。その、あの……実は、ですね……」
「うん」
「……っ……本当は、私と兄さんは付き合ってないんですっ!」
「知ってるけど?」
ブクマや評価が、毎日更新を続けるモチベーションになります。
少しでも「面白い」「続きが気になる」と思っていただけたら、
ブクマや評価をしていただけるとうれしいです。




