214話 妹が傍にいるということ
楽しい時間はあっという間に過ぎて……
そろそろ日が暮れてきた。
青から赤に変わる空。
海の向こうの地平線に沈んでいく太陽。
「そろそろ旅館に戻るか」
「そうですね」
「って、凛ちゃんがいないな……それに、真白ちゃんと小鳥遊さんも」
三人の姿が見当たらない。
まだ泳いでるんだろうか?
海を見てみるが、それらしい姿は見つからない。
「あの三人なら、海の家に行ってくるって」
明日香が説明してくれる。
「なんで海の家?」
「甘いものが欲しくなったとか言ってたから、かき氷でも食べてるんじゃないかしら?」
「マジか。食欲旺盛だな」
「とっくに食べ終わってるでしょうし、連れてくるわね」
「マジか。明日香がそんなことを引き受けてくれるなんて……ニセモノか?」
「にぎりつぶされたい?」
「ゴメンナサイ」
何を? とは聞けなかった。
「じゃ、ちょっと待っててね」
明日香が海の家に向かい、俺と結衣の二人になる。
「ぼーっとしながら待ってるか」
「そうですね」
レジャーシートの上に座る。
すると、結衣が俺の肩に頭を乗せてきた。
「結衣?」
「な、なんですかっ。これは、その……違いますよ? 兄さんに甘えたいわけじゃなくて、その、疲れたからです! 疲れたから、ちょっと寄りかかっているだけですからねっ」
「疲れたなら、先に戻ってるか?」
「……ホント、この兄さんは」
呆れたようなため息をこぼされた。
なぜだ?
「いいから、このままじっとしていてください。兄さんは、私に寄りかかられないといけないんです。命令です」
「なんで、そんな命令をされなくちゃいけないんだ……」
「妹の特権です」
そう言われたら、何も返せない。
兄は妹に弱いものだ。
結衣の顔がすぐ近くにある。
視線は遠く、海の向こうへ。
夕日に照らされて、頬が赤く染まっている。
……かわいいな。
この時は、そんなことを素直に思った。
「どうしたんですか、兄さん? 私のことを、じっと見て。もしかして、顔に何かついてます?」
「目と鼻と口と目が」
「そんなの当たり前……目が多くありませんか!?」
「それぞれ二つずつ」
「鼻と口も二つあるんですか!?」
「かわいそうに……」
「わけのわからない同情をしないでくださいっ」
ぽかぽかと叩かれる。
少し調子に乗りすぎたかもしれない。
思えば、いつもこんな時間を過ごしてきたな。
くだらないやりとりを交わして。
一緒に笑い、楽しい時間を過ごして。
いつも、結衣が隣にいた。
いつも傍にいた。
それが当たり前になっていた。
そして……
「……あのさ」
「はい?」
「ちょっと、変なことを聞くが……結衣が俺を好きにならなかったとして、その場合、結衣はいつか家を出て嫁に行ってたのか?」
「突然ですね」
「色々と思うところがあってな」
「大事な質問なんですか?」
「わりと大事」
「なら、答えないといけませんね」
結衣は苦笑しながら、言葉を続ける。
「その質問の答えは……ノーです」
「言い切るな」
「言い切りますよ。そんなありえない質問をされても、答えは一択です。そもそも、前提がおかしいんですよ。私が兄さんを好きにならないなんて、ありえません。私は、いつでもどんな時でも、兄さんのことを好きになります。だから、その質問は意味がありません。兄さんを好きになることが、当たり前のことなんですから」
「そっか」
「……あっ!?」
ややあって、結衣がぼんっと赤くなる。
夕日に照らされていた時よりも赤い。燃えた? ってくらいだ。
「ひょっとしてひょっとしなくても、わ、私、今、とんでもなく恥ずかしいことをいいました!?」
「言ったなあ。俺を好きになることが当たり前のことで、それ以外のことなんて考えられない……って」
「あうあうあう……」
「結衣って大胆だな」
「うううぅ……は、恥ずかしいです……つい、勢いに任せて……うぅ……なんで聞いているんですか!? こういう時こそ、いつもの鈍感さを発揮してくださいっ、兄さんのばか!」
「なんか理不尽に怒られた!?」
結衣の話を聞いて、俺の中でもやもやしていた『とある気持ち』がまとまる。
一つの形になる。
俺も、結衣と似たような想いを抱いてきた。
結衣が傍にいて当たり前。
離れることなんて考えられない。
それは、つまり……
ある意味で、恋と似たようなものじゃないだろうか?
この先、何が起きて、俺たちの関係がどうなるのかわからない。
ただ……
結衣と一緒にいたいと思う。
ずっと、いつまでも、結衣の傍に……
それが、俺の『答え』なんだろうな。
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