21話 妹の親友は色々と考えています
いつも読んでいただき、ありがとうございます。
昼になり、結衣と一緒に中庭で飯を食べる。
ここ最近、当たり前になりつつある光景だ。
ただ、今日は凛ちゃんも一緒していた。
「結衣と先輩のお弁当、一緒なんですね」
「ああ。一人分作るのも二人分作るのも、大して手間は変わらないからな」
「あれ、先輩が作っているんですか?」
「そうだけど?」
「まあ……そうですね。よくよく考えてみれば、結衣に料理なんて不可能だろうし……消去法で、先輩になりますね」
「ちょっと凛ちゃん、なんで不可能なんですか」
「詳しく聞きたい? 1時間くらいかけて、たっぷり語るわよ?」
「うっ……や、やめておきます」
「あら、残念」
凛ちゃんが、結衣が料理をできないことを知っているなんて、ちょっと意外だな。
結衣は優等生ということを意識してるから、そういう『弱味』を他人に見せることはまずないんだけど……
それだけ、二人の仲が良いっていうことかな。
ちょっとうらやましい関係だ。
俺も、凛ちゃんと同じくらい、結衣と仲良くなりたい。
恋人のフリを通じて、仲良くなれればいいんだけど……今のところ、特に変わっていない。
うーん、難しいな。
「それにしても、先輩のお弁当はおいしそうですね。見栄えが良いだけじゃなくて、良い匂いがして、どれもそそられます」
「そう言われると、悪い気はしないな。なんなら食べる?」
「いいんですか?」
「ちょっとくらいなら構わないよ。ただ、おかずの交換だとうれしいな」
「わかりました。じゃあ、私は太ももに触っていい権利を……」
「なんですかそれは!?」
結衣が割って入る。
シャー、と威嚇していた。お前は猫か。
「凛ちゃん、冗談がすぎますよ! 兄さんが本気にしたらどうするんですかっ。兄さんが凛ちゃんの太ももを……さ、触って……うっ……さ、触るんですか?」
この世の終わりみたいな顔をして、結衣がこちらに問いかけてきた。
なんで、そこまで凹むんだ……? エロい兄貴と思い、幻滅しているのか……?
「いやいや、触らないからな? っていうか、凛ちゃんの冗談だろ」
「バレましたか」
「そ、そうなんですか? もう……凛ちゃん、そういう質の悪い冗談はやめてくださいね? 私の心臓が止まりそうに……兄さんが本気にしたらどうするんですか? 兄さんはケダモノなんですよ? 送り狼なんですよ? 油断したら、パクリと食べられてしまいますよ? まあ、私は食べられたい……いえ、なんでもありません」
「先輩になら、食べられてもいいわ」
「えっ!?」
「ふふっ、冗談ですよ」
凛ちゃんの背中に、小悪魔の羽が見えた。
――――――――――
飯を食べ終えて、のんびりと過ごす。
春の陽気はとても心地いい。授業がなければ、ここで昼寝したい気分だ。
「あ、と……兄さん。私、ちょっと席を外しますね」
「ん? なんで……ああ、トイレか」
「直接的なことを言わないでくださいっ」
結衣は顔を赤くして、校舎に入っていった。
今のは、100%で俺が悪いな……口が軽いというか、どうにもこうにも余計なことを言っちゃうんだよな。
もうちょっと気をつけた方がいいな。これ以上、結衣に嫌われたくないし。
「ねえ、先輩」
「うん?」
「先輩は、結衣のことが好きなんですよね?」
「ああ、もちろん」
結衣の彼氏らしく、しっかりと頷いて見せた。
「でも、その恋心は永遠に続くわけじゃないですよね?」
「それは……」
「私に乗り換えませんか?」
「え? どういう……」
「実は、先輩のことが気になっているんです。だから、子供のようにちょっかいを出してしまい……どうですか、先輩。私、こう見えて、尽くす女ですよ?」
「ごめん」
すぐに頭を下げた。
深く考えることなく即答するなんて、ひどいことをしてるかもしれないが……でも、変に期待を持たせるわけにはいかないし、なによりも、今の俺は結衣の彼氏だ。
下手な希望を抱かせるわけにはいかない。
それに、結衣のことは絶対に裏切りたくない。
「俺は、結衣の彼氏だから」
「さっきも言いましたが、ずっと続く恋愛なんてありませんよ?」
「否定はしないよ。でも、今の俺は結衣を見てるから。だから、凛ちゃんを見ることはできない」
沈黙が流れる。
痛いくらいに静かな時間が過ぎて……やがて、凛ちゃんが笑みを浮かべた。
「合格です」
「え?」
「すみません、好きというのはウソです。ちょっと、先輩を試しました」
「試した? なんでそんなことを……」
「先輩が、どれくらい結衣のことを想っているか、知りたくて」
「……そんなことを知って、どうするつもりだったんだ?」
「私にできないことを、先輩に託したいんです」
凛ちゃんは、今までに見たことがないような顔をした。
辛そうに眉をたわめて、胸のあたりに置いた手をぎゅうっと握りしめている。
「結衣は、どんな子だと思いますか?」
「どんな、って言われても……ちょっと曖昧な質問だな」
「失礼しました。より正確に言うと……なにか問題が起きたら、一人で抱え込んでしまうタイプだと思いますか?」
「……そうだな。抱え込むタイプだと思う」
結衣が誰かを頼りにすることは少ない。なにもかも、全部、自分の力で解決しようとする。解決できなくても、そのまま誰にも打ち明けず、抱え込んでしまうタイプだ。
だから、今回、恋人のフリを頼まれた時は本当に驚いた。
俺を頼ってくれたことがうれしくて……
そんなにも困っているのかと、深く心配した。
なんで、全力で引き受けようと思った。
とことん力になろうと思った。
「今、結衣は『なにか』を抱え込んでいます」
「なにかっていうと……悩みとか? でも、そんな風には見えないけど……」
「悩みか、不安に思うなにかか……それとも、トラウマか。具体的なことは、私もわかりません。ただ、『なにか』を抱え込んでいることだけはわかります」
「曖昧な話だな」
「女同士だからわかること、というのはあるんですよ。私を信じてくれませんか?」
「……わかった。凛ちゃんを信じるよ。それで?」
「それとなく、結衣の悩みを聞き出そうとしたんですが、ダメでした。なにも話してくれません。大した問題でないならいいんですが、そうでないとしたら……その時は、先輩が力になってあげてください。私は無理かもしれませんが、先輩なら、きっと大丈夫ですから」
不意に思う。
もしかして、ここ最近、凛ちゃんがあれこれと絡んできたのは、全部、俺という人間を見極めるために……? 結衣の力になることができるかどうか、確かめるために……?
「約束してもらえますか?」
「約束するよ。というか、約束するまでもなく、結衣が困っていたら力になるさ。悩んでいるとしたら、全力で、その障害を取り除くよ」
「ありがとうございます」
「その時は、凛ちゃんも協力してくれる?」
「ですが、私じゃあ……」
「大丈夫だって。結衣のために、ここまで考えてくれる凛ちゃんが力になれないなんてこと、ありえないし。俺にできないこと、凛ちゃんにしかできること……きっとあるよ」
「……なら、なにかあった時は、微力ながら力になりますね」
「期待してるよ」
「私も期待しています」
小さく笑い、信頼の眼差しを交わした。
と、そこに結衣が戻ってくる。
「ただいま戻りました……って、兄さん、凛ちゃん! ど、どうして見つめ合っているんですかっ」
「……さて、どうしてかしら? ふふっ」
「り、凛ちゃんっ? そんなにくっついたら……」
結衣が戻ってくると、凛ちゃんはいつも通りになって、見せつけるようにこちらに寄りかかる。
「兄さん……もしかして、凛ちゃんに手を……私というものがありながら……」
「ご、誤解だ! っていうか、凛ちゃんも悪ふざけはよしてくれっ」
「そんな、私を捨てるんですか……? 私たち、あんなに情熱的な一夜を過ごしたというのに……」
「一夜!?」
「ちょっと凛ちゃん!?」
「兄さんっ、どういうことですか!? 兄さんっ!!!」
結衣の誤解を解くのに、昼休みの残りを丸ごと使うハメになった。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
今回は、ちょっとだけ真面目な話になりました。
もうちょっとしたら、もう少し真面目な話になります。
でも、基本は変わりません。




