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204話 妹と二人、静かな夜で・2

「兄さん、もう寝ちゃいますか?」


 眠気はそこそこあるんだけど……

 もう少し、結衣と一緒にいたい気分だ。


 ただ、それをそのまま伝えるほど、俺は素直にはなれない。


「もうちょっと、ここでのんびりするつもりかな」

「なら、私も一緒しますね」

「結衣は寝てもいいんだぞ?」

「不思議と、目が覚めているんです」


 あれだけ騒いだから、神経が高ぶっているのかもなあ。


 ……なんてことは言えないので、黙っておく。


「ふふっ♪」


 結衣はご機嫌だ。

 鼻歌でも歌いだしそうな感じで、にこにこしてる。


「何か良いことでもあったのか?」

「現在進行系でありますよ」

「うん?」

「兄さんと一緒に旅行です。すっごくうれしいです♪」

「旅行なら、前にも行ったじゃないか」

「一回だけじゃ足りません。それに、この前は山で、今回は海ですよ? それにそれに、二泊三日! ぜんぜん違います」


 言われてみれば、そうか。

 と、納得する。


 学生の身分じゃあ、旅行なんてなかなか行けないからな。

 前回の旅行から、それなりに経っているし……

 久しぶりの旅行を楽しんでいるんだろう。


「兄さんは、どうですか?」

「俺も楽しいよ」

「えっと、そうじゃなくて……私と一緒で、うれしいですか?」


 そういうことを尋ねられると、反応に困る。


 妹と一緒に旅行は、普通に楽しい。

 ただ、今の俺は、結衣に告白されている身で……

 答えが定まっていないのに、期待させるようなことは言いたくない。

 というか、言えない。


 こういう時は、過度な期待を寄せるようなことはせず、それでいて、結衣を喜ばせるような答えを返さないと。

 ……難易度たかくね?


「ふふっ」


 答えに迷っていると、結衣が小さく笑う。


「別に、普通に答えて構いませんよ? あれこれ考えなくて、私に気をつかう必要はありませんから」

「まいったな」


 俺の考えていることは、結衣にはお見通しだったらしい。


「結衣と一緒でうれしいよ。いつも一緒だから、傍にいないと落ち着かないくらいだ」

「そ、そうですか……」


 結衣の頬が赤くなる。


「……気をつかう必要ないって言ったのに、照れないでくれよ」

「し、仕方ないじゃないですか。兄さんの言葉がすごくうれしかったから、勝手に反応しちゃうんです。そうです、兄さんがいけないんです。兄さんのせいです」

「ものすごい責任転嫁だな」

「妹の特権です」


 そんな特権、初めて聞いたぞ。


「楽しいか?」

「はいっ」

「なら、また今度、みんなで旅行に行くか? 夏休みに入ったばかりだから、時間はたくさんあるし」


 金の問題もあるが、それは今は口にしないでおく。

 考えるだけならタダなのだ。


「それはそれで、とても素敵だと思いますが……せっかくなら、兄さんと二人きりがいいです」

「みんなと一緒はイヤか?」

「そんなことありません。楽しいですよ? でも……兄さん、忘れたんですか?」

「なにを?」

「私は、兄さんのことが好きなんですよ」

「っ」

「好きな人と特別なシチュエーションで二人きりになりたい。女の子なら、誰もが夢見ることだと思いますけど」


 告白されてから、ちょくちょく、こうしてストレートな好意を向けられる。

 その度に、ドキッとしてしまう俺がいる。


 以前の結衣なら、こんなことは考えられなかったんだけど……


 俺が知らないだけで、大胆な一面を持っていたのか。

 それとも、恋が結衣を成長させたのか。


 どちらにしても、色々な意味で厄介だ。

 結衣がくすくすと笑い……

 妹の手の平で転がされている気分だ。


「……まあ、そんなことになってるのも、自業自得か」

「兄さん?」


 俺の気持ちが定まっていないからモヤモヤしてるわけで……

 改めて、早いうちに答えを出さないといけないと思った。


「あー……ちょっと真面目な話をしてもいいか?」

「ふぇ? あ、はい。どうぞ」

「……告白のことだけど」

「っ!!!?」


 ビクッ、と結衣が震えた。


「ま、ままま、まさか今ですか!? 今なんですか!? 兄さん、不意打ちすぎますよっ。いきなりこんなところで……あれ? でも、旅行先の旅館で、夜に二人きり……シチュエーションとしてはぴったり!? 兄さん、いつの間に、そんなに空気が読めるように……い、いいですよ! 私は、いつでも受け止めてみせますからねっ。ばっちこい、です!」

「えっと……意気込むところ悪いんだけど、まだ返事をするわけじゃないんだ」

「……兄さんのヘタレ」

「おぉいっ!?」

「あははっ、冗談です。これくらいの意地悪、認めてください」

「意地悪の範疇を越えてるような気がするが……まあいいや」


 改めて話をする。


「待たせないから」

「え?」

「告白の返事、今すぐにってのは難しいが……なるべく早くする。どんなに遅くても、この夏休み中には返事をする」

「えっと……焦ったりしてません? 私、急かすつもりはなくて……もっとゆっくりでもいいんですよ? 兄さんからしたら、やっぱり、唐突だったでしょうし……もっと考える時間が欲しいんじゃあ?」

「大丈夫だよ。あれこれ考えて、それなりに見えてきたものがある。自分の気持ちも整理できてきた。あとちょっとなんだ、ホントに」

「……わかりました。期待してますね♪」


 結衣は笑い、そっと抱きついてきた。


「お、おい?」

「待たされる分の料金です。これくらい、許してください」

「……結衣は甘えん坊だな」

「こんなことするの、兄さんだけですからね?」

「あまり長く部屋を空けると変に思われるから、もうちょっとだけな?」

「はい♪」


 俺を見上げ、結衣はにっこりと笑う。

 その笑顔は、『綺麗』だった。

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