194話 妹と散歩
少し休憩した後、外に出て飯を食べた。
海の街らしく魚介類が豊富で、すごくおいしい海鮮丼だった。
脂の乗った魚に舌鼓を打ちながら、楽しい食事をして……
その後は、一度解散して、自由行動になった。
移動の疲れがあるから、海で遊ぶのは明日にしよう、ってことになったんだ。
俺としては、大変ありがたい話だ。
旅館に戻って、雰囲気のある良い部屋でダラダラと過ごすことにしよう。
……なんてことを思ってたんだけど。
「ほら、兄さん。早く来てください。置いてっちゃいますよ」
「はいはい……」
結衣に手を引かれて外を歩く。
旅館に戻ろうとしたら、結衣に捕まり、そのまま連行された。
休憩したいということを伝えたら……
『兄さん……年老いたおじさんじゃあるまいし、その選択はないですよ』
なんてことを言われて、仕方なく結衣に付き合うことにした。
「それで、どこに行くんだ?」
「近くに大きな公園があるらしいですよ。そこで散歩をしましょう」
「結衣は元気だなあ」
「兄さんが元気なさすぎなんですよ」
それに、と言って付け加えてくる。
「待ってばかりじゃ、兄さんは落とせそうにありませんからね♪」
「っ」
耳元でささやかされて、ドキッとしてしまう。
この仕草。
それに、愛嬌のある顔。
将来、妹が小悪魔にならないか心配である。
「凛ちゃんは一緒じゃないのか?」
「他のところを見たい、って言ってました。まあ、私に遠慮してくれただけなのかもしれませんけど。だからこそ、せっかくのチャンス、活かさないといけません」
「しっかりしてると言うべきなのか、ガッツリしてると言うべきなのか」
「兄さんは、こんな妹は嫌いですか?」
「……別に嫌いじゃない」
「兄さんの嫌いじゃない、いただきましたー♪」
「星三つ、みたいな言い方するな」
そんなやりとりをしているうちに、公園についた。
「わぁ」
「確かに、大きいな」
ちょっとした運動公園のようなものを思い浮かべてたが、全然違う。
とんでもない広さだ。
右を見ても左を見ても果てが見えない。
遊具や運動スペースがあるわけではなくて、代わりに、たくさんの植物や花が園内に散りばめられている。
巨大な植物園といったところか。
「春なら、桜も咲いているみたいですね」
スマホで検索したらしく、結衣がそんな情報を教えてくれる。
「桜か。すっごい綺麗なんだろうな」
「想像しただけで、うっとりしちゃいそうですね」
「花見したいなー」
「そういえば、今年はできませんでしたね」
「色々あったからな」
四月といえば、ちょうど、結衣の彼氏のフリを始めた頃だ。
あの時は色々とあって、花見をするなんて発想すら思い浮かばなかった。
……来年は、花見をしたいな。
まあ、落ち着いているかどうか、それが問題なわけではあるが。
明日香に告白されて。
結衣に告白されて。
来年の俺は、いったい、どうしてるのやら。
「どうしたんですか、兄さん? 遠い目をして」
「んー……まあ、ちょっとな」
愚直に今の気持ちを話すわけにはいかないので、適当にごまかしておいた。
俺の気持ちを察してくれたのか、結衣も深くは追求しないで、すぐに話題を切り替える。
「兄さん、兄さん。見てください。すごい綺麗ですよ」
「おーっ」
しばらく歩いたところで、花畑が見えてきた。
赤、青、黄色、紫、白……
色々な花が咲き誇り、見る人の目を釘付けにしている。
「すごいな」
「本当に……花に包まれているみたいです」
「詩的な表現だな」
「茶化さないでください。それくらい感動した、っていうことですよ」
「まあ、これは感動するな」
「……」
「……」
しばらくの間、兄妹揃って、言葉もなく花畑を見る。
写真を撮ったりしてもいいんだけど……
何もしないで、じっと鮮やかな光景を見る。
そうして、この景色を心に刻む。
写真を撮るだけが全てじゃない。こうして、じっと眺めることも悪くない気がした。
「……ねぇ、兄さん」
「うん?」
「その……好き、ですよ♪」
「っ!?」
不意打ちに、思わず咳き込みそうになる。
慌てて結衣を見ると、耳まで赤くなっていた。
「い、今の……」
「いいじゃないですか。その……とても良い雰囲気なので、つい……」
「つい、でそんなことを言われたら、たまらないんだけど……」
「だって……我慢できなかったんです」
ぷくー、とフグのように頬を膨らませる結衣。
「こんなに素敵なところで……兄さんがすぐ隣にいて……どうしても意識しちゃうじゃないですか。好き、っていう気持ちがあふれちゃうじゃないですか」
「お、おう」
「一度意識したら、どんどん気持ちが膨らんでいって、我慢できなくなって……つい、口にしちゃいました」
「そ、そっか」
「好きですよ、兄さん♪」
「……もうちょい、答えは待ってくれ」
「はい。いくらでも待ちますからね」
なんとも情けない答えを返したのだけど、結衣は気にすることなく、ニコニコしてた。
俺と一緒にいられるだけで今は幸せ、という感じだ。
できることなら、この笑顔を守りたいが……どうしたものか。
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