180話 妹と扉越しに
脱衣所兼洗面所は窓がないので、真っ暗だ。
スマホがなかったら、何も見えず、転んでいたかもしれない。
「兄さん、そこにいるんですか?」
浴室の方から声が聞こえた。
反射的にそちらを向くと、スマホの明かりに照らされて、浴室の扉に結衣のシルエットが浮かぶ。
浴室の扉は特殊なガラスがはめられていて、中が見えることはない。
でも、うっすらと影くらいは見えるわけで……
「な、なんで風呂から出てるんだよ!?」
「ずっとお風呂に浸かっていたら、のぼせてしまうじゃないですか」
「でも、風邪引かないか?」
「温かいから、しばらくは大丈夫ですよ。一時間、二時間もこのままだと、ちょっと厳しいかもしれませんが」
まあ、この時期なら風邪の心配はしなくてもいいか。
「停電、どれくらいで復旧するんですか?」
「わからん。雷とかじゃないから、施設トラブルかもしれないし……時間かかるかもな」
「それじゃあ、私はこのままずっとお風呂に?」
「んなわけないだろ。とりま、ちょっと様子を見よう」
「そうですね。案外、すぐに復旧するかもしれませんし」
「そういうこと」
あんなことがあって、こんな状況なのに……
意外と、俺たちは落ち着いていた。
昔なら、もっと慌てるかしていたはずなんだけどな。
色々なことを経験して慣れた、とでもいうべきなのか。
それとも……
「ねえ、兄さん」
「うん?」
「……今日の告白、迷惑でした?」
「ごほっ」
不意打ちの一撃に、思わずむせてしまう。
「い、いきなり何を言うんだ?」
「いえ、その……改めて思い返すと、勢いに任せたところがあったなあ、と思いまして……あんなところで告白してしまいましたし……もっと、ムードとかシチュエーションを大事にした方が……というよりも、兄さんは驚いたでしょうし……もう少し段階を踏んで、ちょっとずつ、という方法を取るべきだったかなあ、なんて……そんなことを、一人になったら考えてしまって」
結衣の声に憂いの色が混じっている。
良くも悪くも真面目だからな。
風呂に入って冷静になって、あれこれ考えてしまったんだろう。
かくいう俺も、一人になって、色々なことを考えていたからな。
血は繋がってないけど、俺たちは似た者兄妹なのかもしれない。
「いいんじゃないか?」
「そんな、あっさりと……」
「確かに驚いたけど、迷惑ってことはないし……それに、我慢できなかったんだろ?」
「あ……」
「なんとなくだけど、わかるよ。結衣は、自分の気持ちを抑えることが難しくなっていた。これ以上、自分にウソをつくことはできなかった。だから、告白した。それのどこが悪い? 何も悪くないさ。返事を保留にしてる俺が言えたことじゃないかもしれないが……いいと思うぞ」
「……わかったようなことを言うんですね」
「これでも、結衣の兄だからな」
「そうですね……兄さんは兄さんですね」
くすり、と笑い声が混ざる。
「兄さんらしい答えです」
「だろ?」
「褒めてませんからね?」
「そうなのか? ショックだ……」
不思議だな。
面と向かって話しているわけじゃない。
顔も見えない。
それなのに、心は繋がっているような気がした。
兄妹の絆か、それ以外の何かなのか、それはまだわからない。
でも……
「なんか、言いたいことがスラスラと言えるよ」
「私もです」
「こういうトラブルも、そんなに悪くないのかもな」
「頻繁に起きたら困りますけどね」
結衣と一緒に笑う。
扉一枚隔てた向こうに、裸の結衣がいるのに……
もっとドキドキしてもいいはずなのに、不思議と落ち着いていた。
妙な感覚だ。
こうしているのが当たり前のような、自然のような……
このまま、ずっと……
「おっ?」
パッ、と明かりが点いた。
どうやら、無事に復旧したらしい。
暗闇に目が慣れていたから、急に明かりがついて、かなり眩しい。
思わず目を細くしてしまう。
「点いたな」
「まぶしいです……目がー、目がー」
「ところどころにネタをぶっこんでくるのやめような? 結衣はそんなキャラじゃないだろ」
「兄さんにアピールするために、キャラを濃くしてみようかと思いまして」
「そんな戦略はいらん」
「とにかく、一緒にいてくれてありがとうございました。もう大丈夫です」
「俺はもう用済みか……いらなくなったらポイッ、なんだな」
「兄さんも、ところどころネタを仕込んできますよね」
「照れ隠しだ」
「なるほど。私のアピールに動揺しているんですね? ふふふっ、うれしいことを聞きました」
結衣も成長したなあ、と妙なことを感じてしまう。
以前なら、慌てていたか、ごまかしていたか……そんな反応だったのに、今はぐいぐいと攻め込んできている。
何がそこまで結衣を強くしたんだろうか?
……恋?
やばい、自分で考えておいて恥ずかしくなってきたぞ。
「じゃあ、俺はリビングに戻ってるから」
「はい、ありがとうございました」
脱衣所を後にしようとして……ふと、脱いで放置された結衣の服が目に入る。
上着とスカートと……それと、下着。
「……兄さん、何を見ているんですか?」
「えっ、いや、何も……」
「ここからでも、うっすらと見えるんですからね!? 兄さん、えっちです!」
「す、すまんっ」
結局、漫画のようなラッキースケベを起こしてしまった。
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