173話 妹の想いと兄の心
結衣がまっすぐに俺を見つめている。
切なそうに。
愛おしそうに。
不安そうに。
色々な感情を織り交ぜて、こちらを見下ろしていた。
ふと、結衣の手が震えていることに気がついた。
怖いのかもしれない。
波のように揺れる感情を抑えつけるように、唇をきゅっと結んでいた。
視線を逸らしそうになりながらも、必死にこちらを見続けていた。
「俺は……」
「は、はい」
「……」
言葉が続かない。
何か言わないといけないのに……
予想外のことに頭が真っ白になって、次々と言葉が消えていく。
それでも。
このまま放置なんて、できるわけない。
「その……的はずれなことを言うかもしれないが、結衣は……いつから?」
あえて主語を省いた。
それでも、結衣は俺の質問の意味を理解したらしく、恥ずかしそうにしながら口を開く。
「その……中学の時です」
「ずいぶん、前なんだな……」
「私が風邪を引いて……兄さんが、学校をサボってまで看病してくれた時がありましたよね?」
「……そういえば、そんなことも」
「あの時、すごくうれしくて……あの時以来、ですっ。兄さんを兄さんとしてではなくて……男の人として見るようになりました。好き……好きなんです、大好きなんです。どうしようもなく、兄さんのことが好きなんです」
再び、結衣は告白の言葉を紡ぐ。
ありったけの想いがこめられた告白は、俺の心に響いた。
くすぐったいような、うれしいような……
うまく言葉にできないけど、温かいものが胸に広がる。
「その……兄さん?」
「うん?」
「返事を……くれませんか?」
「あ、ああ……そうだよな。うん、だよな」
返事……
告白に対する答え……
俺は、どうしたい?
結衣のことを、どう見てる?
「兄さんは、私のこと、嫌いですか?」
「嫌いなんてこと、あるわけない」
「なら、好きですか?」
「家族としてなら、間違いなくそうなんだけど……」
「……女の子としては?」
「それは……」
どう……なんだろう?
本当に突然のことだから、よくわからない。
ずるいヤツだ。
結衣は、こんなに必死になって告白をしてくれたのに……
俺は、それに対する答えを持ち合わせていない。
でも……
わからないからといって、逃げたくない。
なかったことにしたくなんてない。
結衣のことが大事だから。
だから、必死に、一生懸命、この先のことを考えたい。
「その……正直なことを話す」
「は、はい」
「結衣のことは……妹としてしか見ていない」
「っ」
「告白されるなんて思ってもなかったし、むしろ、ついこの前までは嫌われてると思ってたし……今のこの状況は、夢って言われた方がしっくりくる」
「げ、現実ですからねっ」
「ああ、わかっているよ」
焦る結衣に、俺はしっかりと言葉を並べる。
結衣の心に届くように。
そして、俺の心を確かめるように。
「繰り返しになるけど、結衣のことは妹としてしか見てなくて……なんていうか……エロい目で見ることはなかった」
「例えがサイテーです……」
「わ、悪いっ」
「いいですよ、兄さんらしいですから」
「えっと、だな。それで……そういう目で見たことはなかったんだけど……不思議なことに、想像できるんだ」
「え?」
「なんていうか、こう……恋人らしく、結衣が隣に並んでいる……そんな光景を想像することができるんだよ。で、それに違和感がない。当たり前のように、そのことを受け入れているんだ」
「それは……どういう意味ですか? 私、わかりません……わからないから、教えてください」
「悪い……俺も、よくわからないんだ。ただ……」
結衣の顔をしっかりと見た。
長年、見続けてきた妹の顔。
大事な女の子の顔。
不思議と……愛おしく感じた。
「そういう未来がない、なんて否定は……しない」
「それは……」
「ごめん。今すぐに、答えは出せそうにない。ただ、完全否定するようなことはなくて……俺と結衣がそういう風になることも、あるような気がして……ああもうっ、うまく言葉がまとまらないな」
「台無しです」
「そうだな、ホント」
兄妹、揃って苦笑した。
それで、心のモヤが少し晴れたような気がした。
「時間をくれないか?」
「いいですよ」
「即答かよ」
「兄さんですから」
「またそれか」
「私の気持ちをハッキリさせておきたかっただけで、答えをすぐにもらえるなんて思ってなかったですし……断られないだけマシです」
「悪い」
「謝らないでください」
「なら、謝らない」
「開き直りましたね」
「ああ、それの何が悪い」
「悪いです」
「そうだな……結衣に悪いから、真剣に考える」
「兄さん……」
「結衣の気持ち、俺の気持ち……これからのこと。告白のこと。きちんと考える。すぐに答えを出せるかどうか、それはわからないが……なるべく、待たせるようなことはしない」
「遅刻はダメですよ?」
「約束するよ。必要以上に待たせないし……ちゃんと、答えを出すから」
「はい……待っていますね、兄さん」
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