172話 告白
これは、ただの事故。
偶然、こんな体勢になってしまっただけ。
重い、とか。
どいてくれ、とか。
そんなことを言って、すぐに起き上がれば問題はない。
何も問題はない。
それなのに……
「……」
「……」
結衣は俺の上に乗ったまま、いつまで経ってもどこうとしなかった。
どこか潤んだ瞳で、じっとこちらを見下ろしている。
そんな結衣の雰囲気に飲まれるように、俺は口を開けないでいた。
沈黙が流れる。
心地いいわけではなくて。
でも、居心地が悪いわけでもなくて。
不思議な静寂……
「……兄さん」
ややあって、結衣が口を開いた。
体勢は変わらない。
じっと、俺を見つめている。
「本当は、もっと考えて、良いシチュエーションにして、それから……なんてことを思っていたんですが……こう……勢いも大事だと思うんですよ」
「うん?」
結衣は何を言っているんだ?
「これは、きっと、神さまが与えてくれた機会だと思うんです。勇気の出ない私の背中を押してくれて……素直になれない私に機会を与えてくれて……そういうことだと思うんです」
「何を……?」
「このままではいられませんから、前に進まないといけませんから……だから……このまま突き進むことにします。勇気を……出しますっ!」
結衣の言っていることがわからない。
何をしたいのか、何を求めているのか。
それが理解できない。
でも……
とても大事なことを話そうとしている。
そのことだけは理解できた。
だから、俺は何もしないで、この体勢のまま、結衣の話を聞くことにした。
「あの、ですね……兄さん……私は、その……」
結衣の視線が揺れる。
迷っているというよりは……怖がっている?
躊躇と、恐怖と、困惑と……
色々な感情が混ざり合い、結衣の進む足を止めていた。
結衣の目的はわからない。
でも、その手助けをすることくらいは……
「……あのさ」
「ひゃいっ!? にゃ、にゃんですかっ!?」
「そこまで驚かないでくれよ」
「し、仕方ないじゃないですか! こ、これからすることを考えると……はうあう」
「よくわからないが……」
「こんな状況で、まだわからないんですか……兄さんは極めつけのとびっきりの天元突破の筋金入りの鈍感ですね」
「今、バカにされたことはわかったぞ」
って、そんな話をしたいわけじゃない。
「ちゃんと聞くから」
「え?」
「何か話したいことがあるんだろ? 大事な話があるんだろ?」
「そ、それは……そにょ……」
「俺はここにいる。逃げたりしない。だから、ゆっくり気持ちを落ち着けて、それから話すといいさ」
「兄さん……」
結衣は驚くように目を大きくして……
それから、くすりと小さな笑みをこぼした。
「何もわからない、っていうにぶちんのくせに……でも、兄さんは優しいですね」
「そうか? そんな自覚ないんだけど」
「兄さんは優しいですよ。今も、昔も。ずっとずっと優しくて、頼りになって、いつも助けてくれて……そんな兄さんのことが、私は大好きなんです」
「ああ。俺も、結衣のことが好きだぞ」
「……もうっ、まるでわかっていませんね」
結衣が拗ねた顔になる。
「うん? わかってない?」
「私が今、どんな気持ちで言ったか……兄さんは、ぜんぜんわかっていません」
「そう言われても……なんのことだ?」
「私は……その……あの……ああもうっ、改めて口にしようとすると、とてつもなく恥ずかしくなってきました!」
結衣の顔がどんどん赤くなる。
りんごと間違えるくらいに赤い。
何を照れているんだろうか?
結衣はふらふらと視線を揺らして……
でも、最後は俺の顔に戻した。
瞳に強い決意を宿して。
顔を赤くしながらも、凛とした表情を作り。
俺と目と目を合わせながら、桜色の唇をそっと開く。
「……好きです」
「ん? ああ、俺も……」
「違うんです。そうじゃないんです」
「え?」
「兄さんの好きは、『家族』としての好き。『妹』に対する好き。でも……私の好きは違います。違うんですよ?」
それは、どういう……
問いかけるよりも先に、結衣が答えを口にする。
「私は兄さんが好きです。ううん……七々原宗一が好きです。兄ではなく、一人の男性として……心から慕っています。大好きです」
それは……
間違いなく、妹からの『告白』だった。
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