155話 妹の決意
<結衣視点>
表面上はなんてことない風を装っていますが、内心はドキドキです。
心臓、バクバクです。
それもこれも、全部、兄さんのせいです。
告白しないのか? なんて言うから……
そんなことを言われたら、意識してしまうじゃないですか。
隣を歩く兄さんに、チラチラと視線がいってしまいます。
男の人らしい体つき。
私の大好きな横顔。
何も言わなくても、私の歩幅に合わせてくれる優しさ。
兄さんに対する想いがどんどんあふれてしまいます。
胸が熱くなり、全身がしびれるような感覚に襲われます。
でも、それは幸せなもので……
どこか甘美で、とろけるようなものでした。
私は兄さんに恋をしてる。
そんなことを、改めて自覚します。
「どうしたんだ、結衣? なんか顔が赤いぞ?」
「兄さんのせいですよっ、ばか!」
「えぇ!?」
あぁ、また理不尽に怒ってしまいました。
私のこの厄介な性格、なんとかならないものでしょうか。
「ところで、兄さんは、その……す、好きな人はいないんですかっ!?」
「うん? なんでそんな話になるんだ?」
「いえ、ほら、あの……私のことばかり聞いて、不公平じゃないですか。兄さんのことも聞いておかないと……とにかく、答えてください! ほらっ、早く。そんなんだから、兄さんはダメダメなんですよ!」
「理不尽なダメ出し!?」
あぁ、また以下略。
反射的に、兄さんに怒ってしまいます。もはやクセですね。
なんとかしたいですが……うーん。
「と、とにかく、兄さんの好きな人を教えてくださいっ!」
「んなこといわれても、いないんだけど……」
「本当ですか?」
「本当だよ」
「本当の本当に?」
「本当の本当だ」
「うーん……」
「なんでそこまで疑うんだ!?」
「それは気になるから……いえ、なんでもありませんよ? 兄さんに彼女がいても、私はぜんぜん気にしま……うっ、ぐす……気に、しま……せんからぁ……」
「めっちゃくちゃ気にしてるよな!?」
いけません。
その光景を想像したら、ついつい、泣けてしまいそうになりました。
だって、それくらいショックでしたから。
「よ、よくわからんが落ち着け。俺に彼女なんていないから。っていうか、いると思うのか?」
「……そうですよね。兄さんに彼女なんているわけないですよね。兄さんは鈍感ですし、難聴系ですし、ダメダメですからね」
「励ましたつもりなのに、どうしてそこまで言われなくちゃならんのだ……?」
「でも、明日香さんから告白されてますよね?」
「そ、それはまあ……」
兄さんが困った顔になりました。
ちょっとずるいかもしれませんが、明日香さんのことをどう思っているのか、確かめてみましょう。
「返事はどうするんですか?」
「……わからん」
「わからない、って……」
「明日香は、ずっと友だちだと思ってたからさ。いきなり異性として見るの、難しいんだよ。好きといえば好きだが、ライクであってラブじゃない。ただ、今後もずっとそのままか、って言われると迷ってしまうわけで……もうちょっと考えたいんだよ」
「ずるい答えですね」
「そうだな、卑怯だと思う。待ってくれる、っていう明日香に甘えていると思う。でも……焦って、本質を見失った答えを返すよりは、よっぽどいいと思う。明日香のこと、ちゃんと考えたいんだ。そのためなら、卑怯でも甘えることでも、なんでもするさ」
兄さんは優しいです。
そんなことを言われたら、何も言えなくなってしまうじゃないですか。
まあ、元から、私が何かを言う権利なんてありませんが……
「……」
思わず考え込んでしまいます。
そうなんですよね……私は、兄さんの恋愛に対して『何も』口出しすることはできません。
兄さんにとって、私はただの妹。
フリの恋人。
それだけの関係。
それなのに、兄さんのことに口を出そうとして……
一方的に待つだけで、兄さんから告白してくれることを期待してる。
明日香さんは、自分から告白したのに……
そのことを考えると、自分がすごい小さな人間に見えてきます。
断られることに怯えて、何もしないで……
ただ、相手に頼り切りで……
まるで、小さい頃の私です。
兄さんと家族になって、でも、私からは仲良くなろうとしないで……兄さんから歩み寄ってきてくれて、それで仲良くなることができて……
また、あの時と同じことを繰り返すんでしょうか?
相手に期待するだけで、私は動かないんでしょうか?
それは……とてもずるいことに思えました。
「なんか、また難しい顔してるぞ? 小鳥遊さんのことか?」
「いえ、先輩のことではなくて……改めて聞きますけど、兄さんは、今、好きな人はいないんですよね?」
「あ、ああ。いないけど……」
それが? という不思議そうな顔をします。
兄さんに好きな人はいない。
それは、ある意味、チャンスです。
私の方を向いてもらうことだって、できるはず。
そのためには、私も明日香さんと同じステージに上がらないと……
「……決めましたっ!」
「え、なにを?」
「なんでもありません」
「えぇ!?」
兄さんがわけがわからないよ、という顔をしていますが、今は何も言えません。
だって……
兄さんに告白する決意をしました、なんて言えませんからね。