150話 妹と考える理想的なデート
明日香が『キスをしろ』と言った意味は理解できる。
俺たちは、付き合い始めて三ヶ月ほど……という設定だ。
手を繋ぐことはあっても、キスはまだ……なんて、プラトニックすぎる。
普通はキスもして、エロいこともしてるかもしれない。
傍から見れば……
小鳥遊さんから見れば、疑いたくもなるだろう。
だからこそ、疑問を挟む余地もないほどに、俺と結衣の関係が確かなものであることを証明しなければならない。
その手っ取り早い方法が『キス』っていうわけだ。
「さすがにキスはできない……その代わりに、恋人らしいことをしないと……」
「手を繋ぐ?」
「それはいつもしてるだろ」
「そ、そうですよね。いつも兄さんと手を繋いで……えへ、幸せな日々です♪」
「うん?」
「ち、違いますからね!? 幸せじゃなくて、不幸せって言ったんです!!!」
「実はイヤがられてたのか!?」
今になって知る衝撃の事実!
やばい、凹んでしまう。
「あっ、いえ、そういうわけではなくて、その……ほら、兄さんの手、たまに汗っぽいから」
「マジか……」
「あぁ、そのつもりはないのに追い打ちを!?」
「ごめんな、今度からハンカチで念入りに……いや、それよりも手袋をした方がいいかもしれないな」
「初夏なのに手袋するなんて、おかしい人ですよ!? というか、手袋までするつもりなら、手を繋がなければいいんじゃ……」
「ん? でも、手を繋がないとダメだろ? らしくないし……それに、結衣と距離が近くなれて、俺はうれしいけど」
「そ、そうですか……はぅ……そういうセリフをさらりと言うなんて、相変わらず、兄さんは妹タラシですね……顔、赤くなってしまいます」
結衣はもじもじとして、照れる。
今の会話のどこに照れる要素があったんだろうか?
妹の照れるポイントがよくわからない。
……こういうところが、鈍いって言われる所以なんだろうか?
ちょっと気をつけた方がいいかもしれないなあ。
まあ、気をつけてどうにかなるものじゃないような気もするが。
心のどこかで意識するようにしよう。
「なら、腕を組むとかどうですか?」
「おっ、それは恋人っぽいな」
「採用ですね。移動する時は腕を組むことにしましょう」
結衣はにこりと頷いて……
ふと、何か思いついた様子で、宙空を見つめる。
「兄さんと腕を組む……ということは、つ、つまり……胸を押し付けることも……? よ、よく考えずに言ってしまいましたが、かなり大胆なことでは……? はしたない子、って思われないでしょうか? うぅ……でもでも、これはチャンスでもあって……が、がんばるんですよ、私!」
なにやら、結衣が気合を入れていた。
いつもの三倍くらいやる気にあふれている。
そんなに、小鳥遊さんに告白されたことがイヤだったんだろうか?
……普通に考えてイヤか。
例えるなら、俺が男に告白されるようなものだ
そんな事態、心底、受け入れられない。
やる気になるというのも当然。
結衣の気合に応えられるように、俺も、色々と考えないと。
「名前で呼ぶ?」
「一緒の趣味を作る、でしょうか?」
「ペアグッズ?」
「記念日を祝うでしょうか?」
「同棲?」
「家族に紹介でしょうか?」
二人であれこれと考えてみるが、これといった案は出てこない。
というか……
「今言ったこと、だいたいやってるよな」
「ですね……」
「そもそもが、俺たち兄妹だからな……一つ屋根の下で一緒だし、両親に紹介する必要もないし、毎朝一緒に登校してるし」
「恋人らしいこと、デフォルトでしてるんですよね」
「そこなんだよなあ……」
兄妹という下地があるから、これ以上のこととなると、なかなか難しい。
それこそ、明日香が言うキスしか出てこないわけで……
「やっぱり、キスなのか……?」
「ふぁ」
思わずこぼれ出た一言に、結衣が赤くなる。
「あ、悪い。また蒸し返すようなことを言って」
「い、いえ……私も、同じようなことを考えていたので」
「そっか」
「そうなんです」
「……」
「……」
微妙に気まずい空気が流れる。
なんでこうなった?
今後の対策を考えるはずなのに……
「あ、あのですねっ!」
結衣が、ぐぐっと前のめりになって、距離をつめて口を開く。
「キスは……その、別にして……今度のデートは、今まで以上に、い、イチャイチャしませんか!?」
「それは、まあ……」
「か、勘違いしないでくださいよ!? 私が兄さんとイチャイチャしたいとか、そういうわけじゃありませんからね!? あくまでも、疑いを晴らすために……あっ、でもでも、楽しみにしてないと思われるのもイヤなので、ちょっとくらいは勘違いしても……」
「どっちなんだ?」
「と、とにかくです! 今度のデートは、絶対に失敗できません。先輩の疑いを晴らさないといけませんからね。下手なことをしてしまったら、余計に疑いが深くなり、最悪、バレてしまうことも……」
「それは避けないとな」
「そうです! その通りですよ!」
「とはいえ、どうしたものか……」
「そこで、私は考えました。今、私たちが抱えている問題は、どこか恋人らしくない、というもの。付き合い始めて三ヶ月も経つのに、キスの一つもしていないから、疑われているわけですよね? でも、キスはできません……は、恥ずかしいですし」
「うん?」
「なななんでもありませんっ!」
今、とても大事なことを言ったような気がしたが……?
「キスはできません。なら、どうすればいいか? 今まで以上に距離を縮めて、い、イチャイチャして、甘い甘い恋人を演じるんです! これ以上ないくらいに仲の良いところを見せつければ、『キスはしてないけど二人は付き合っているんだな』と思わせることができるはずです!」
「まあ、そうなるよな」
「ということは……?」
「俺も似たようなことを考えてたんだ。キスはさすがに無理だから、なら、今まで以上に恋人らしくイチャイチャするしかないかな……って」
「同じことを考えていたんですね……えへへ、以心伝心というやつでしょうか♪」
ようやく回答を得られたからか、結衣は満足そうだった。
「恋人らしいこと、もっと仲良く見せる方法……とことん考えてみるか!」
「はいっ」
その日は、夜遅くまで二人であれこれと話し合い……
そして、揃って寝不足になるのだった。