149話 妹の誘惑
<宗一視点>
「そんなにいうのなら……試しに、キス……してみますか?」
ほんのりと頬を染めて……
甘えるような感じで、結衣が俺を見る。
「……え?」
今、なんて……?
いや、ちゃんと聞こえてはいた。
でも、結衣がそんなことを言うなんて……
ありえないという思い込みが、現実の認識を拒否させる。
「だ、だから……」
結衣は顔を赤くしながら……
再び、その言葉を告げる。
「……キス、しますか?」
聞き間違いじゃなかった。
ハッキリと聞こえた。
キスしませんか……って。
いやいやいや、ありえないだろ。
試しにキスしない、って……なんでそんなことになるんだ!?
そんな気軽にするようなことじゃ……
……でも、結衣はわりと本気のような?
見た感じ……
じっと俺を見つめていて、頬を染めて、期待するような感じで、それでいて照れるように体をちょっと揺らしていて……
「兄さん?」
「ふぁ!?」
「あの、その……黙り込まれると、ものすごく気まずいんですが……」
「わ、悪い……」
とはいえ、この場合、どうすれば……?
『よし、キスするか!』
……なんて、気軽に応えられるわけないし。
『恥ずかしいから……』
……なんて、乙女ちっくな反応も無理だ。
なんで、結衣はこんなことを……?
試しとはいえ、キスしたいなんて……気軽にするようなことじゃないだろ。
それこそ、好きな相手じゃないと……
「あ、あのですねっ!!!」
何か閃きそうになったところで、結衣が大きな声をあげて、思考が中断された。
「今のは、そ、その、なんていうか……おもいきってみたというか……これは、そう……フリの一貫です!」
「フリの……?」
「そ、そうですよ! 一流の恋人のフリとなれば、キスも当たり前なんです! つまり、そのために必要な工程をこなそうとしただけで、他意なんてないんですからね!? 本当ですよ! ついつい本音がぽろりとか、そういうことじゃないんですよ!!!?」
「い、いまいちわからんが、落ち着け」
「ふぅ……ふぅ……」
荒ぶる結衣をなだめる。
えっと……
今の話を整理すると、あくまでもフリの一貫……っていうことか。
なるほど。
そういうことなら理解できる。
とことん『フリ』を極めることで、疑われている状況をなんとかしようと思ったんだろう。
そのために、キスをすることも辞さないという、強い覚悟を持っているんだろう。
ある意味、らしい気がした。
とはいえ、さすがにキスはやりすぎだよな……
「あー……結衣のやる気も覚悟もわかったが、さすがにキスは難しいだろ。気軽にしていいことじゃないし、そもそも、試しにするもんでもないし」
「そ、それは……」
「俺は、そういうことは大事にするべきだと思うんだが……こういう考え、今時古いのかな?」
「いえ、その……そんなことはないと思います。とても、兄さんらしい考えです」
「それ、褒めてるのか?」
「褒めてますよ」
「まあ、そんなわけで、試しにでもすることじゃないからダメ。なしだ」
「で、ですよねー……実は、私も勢いに任せて言ったところがあって……本当にするとなると、それは、や、やめてほしいところでした」
「だろう?」
「……はぁ」
話がうまく収まったはずなのに、なぜか結衣が落ち込むようなため息をこぼした。
「……うううぅ……肝心なところで、ヘタれてしまいました……あ、あのままの勢いなら、本当に、き、キスできたかもしれないのに……千載一遇のチャンスを……あぅ、私はなんてもったいないことを……あうあう……兄さんとキス……うぅ、きすぅ……」
「結衣?」
「ひゃいっ!? ななな、にゃんですか!?」
「なんか、キスがどうとか聞こえたが……もしかして、本当はしたかったとか?」
「そ、そそそ、そんなわけないじゃないですか!? ありえません、絶対にありえないですよ!? 兄さんとキスしたいなんて、欠片も考えてませんからね!?」
「お、おう、そうだよな。悪い、変なことを聞いて」
「いえいえ、気にしないでください……あぁ、またやってしまいました……」
赤くなったり、大きな声を出したり、かと思えばシュンとなったり……
今日の結衣は情緒不安定だな?
話題が話題だけに、動揺してるんだろうか?
「まあ、試しにしてみるとかありえない話は置いといて……」
「……ありえないんですか? 試しとはいえ、兄さんは妹とキスしたいと思わないですか?」
「え? そりゃ、まあ」
「肯定されました……そうですか、そうですよね……普通、したいなんて思いませんよね……はぁあああ」
今度は落ち込んでしまった。
「えっと……大丈夫か?」
「大丈夫です……改めて、厳しい現実を認識していただけですから……いえ、この場合は、鈍い現実?」
「話、続けてもいいか?」
「はい、どうぞ……」
感情が左右に揺れる結衣のことは気になるが、今は、これからのことを考えないと。
「で、話を戻すが……どうする? 明日香はキスしろ、って言ったが、それはできないし……今度のデート、どう対応したもんか」