147話 妹は悶々とします
<結衣視点>
夜。
ごはんを食べ終えて、私はすぐに自室に戻りました。
いつもならリビングに残り、兄さんと一緒にテレビを見たり、お話をしたりしているんですが……
今は、そんな余裕がありません。
頭を巡るのは、昼間のことばかり……
「……兄さんと……キス」
そっと、唇を指先でなぞります。
兄さんと……
兄さんと……
兄さんと……
「ひゃあああああああああぁっ!!!?」
その瞬間を想像してしまい、枕に顔を埋めてじたばたします。
あうあう。
ダメです。恥ずかしいです。悶えてしまいます。
兄さんと、き、ききき、キスなんて……
そんな素敵なこと……願いますけどね? 夢見たことありますけどね?
でもでも、本当にするとなると、やはり色々と難しいものが……
主に、私の心が限界です。
想像するだけでドキドキして、どうにかなってしまいそうなのに……
もしも、本番を迎えたら?
「ひにゃあああああっ!!!?」
想像して、悶えて、顔を赤くして……
さっきからその繰り返しで、ベッドの上でじたばたしていました。
コンコン。
「ふぁいっ!!!?」
突然、扉がノックされて、10センチくらい飛び上がりました。
「結衣、ちょっといいか?」
「どどど、どちらさまですか!?」
「いや、俺だけど……?」
「あっ、そ、そうですよね……兄さんですよね」
今は、兄さんしかいないのに……
私、混乱しすぎです。
とにかくも、心を鎮めるために深呼吸。
息を吸って、吐いて……ふう。
なんとか落ち着くことができました。
赤くなっていた顔も、鏡を見て、平常に戻ったことを確認します。
部屋は汚れていませんし……
他は……うん、特に問題はありませんね。
「どうぞ」
ガチャ、と扉が開いて、兄さんが部屋に入ってきました。
「なんですか? 今、のんびりしていたんですが」
昼間の一件があり、兄さんを意識しているせいか、ツンツンした声になってしまいます。
照れ隠しに、不機嫌ですよ、オーラを撒き散らします。
「わ、悪い。邪魔したか?」
「邪魔ですね」
「うっ」
「むしろ、兄さんの存在が邪魔です」
「そこまで!? 俺、何をしたんだ!?」
「そこにいるという罪を」
「めっちゃくちゃ理不尽だな!?」
いけません。
兄さんを意識するあまり、どんどん攻撃的になってしまいます。
うぅ、本当はこんなことを言いたくないのに……
どうしてこう、私は素直になれないんでしょうか?
まあ、嫌っていないと理解してくれたみたいなので、大きな誤解を与えることはないと思いますが……
……いえ。
そういう心構えではいけませんね。
私自身が、この厄介な性格をなんとか矯正しないといけないんです。
兄さんだから大丈夫、なんて甘えてばかりではいられません。
まあ、それは後々の課題として。
「どうしたんですか?」
「あー……」
兄さんは言いづらそうにして、やや間をおいて……それから口を開きました。
「昼間のこと、なんだけどさ」
「……兄さんのえっち」
「唐突だな!?」
「す、すいません……つい、その……照れ隠しで本心が」
「照れ隠しなのか本音なのかどっちなんだ!?」
「どっちもです」
「複雑な乙女心だな!?」
面倒な妹でごめんなさい……
「……キスのこと、ですよね?」
これ以上はごまかせそうにないので、素直に応じました。
「ああ、まあ……うん」
「今のままの私たちでは、小鳥遊さんを納得させることはできない。だから、関係を進展させる必要がある……それなりに理解できる話ではありますが……」
「まあな。理解はできるんだが……」
「……そこで出てくるのが……キス、なんですよね」
「だよな……」
二人して黙り込んでしまいます。
多分ですが……
兄さんは、明日香さんの案が正しいと思っているんでしょう。
一緒に暮らしているのに、手を繋ぐくらいしかしないカップル。
傍目に見ても、おかしいと疑ってしまいます。
なら、その一歩上の、恋人としてのコミュニケーション……キスをすることで疑いを晴らす。
理にかなっていると、兄さんは考えているんでしょう。
実のところ、私も納得しています。
小鳥遊さんは、非常に押しが強そうなので……
そうすることでしか、納得させることはできないでしょう。
そう……私も兄さんも、納得しているんです。理解しているんです。
でも……
「キス……ですか」