141話 妹はちょっとだけ踏み込みます
<結衣視点>
ともすれば、ひどく鈍感な発言。
私の想いにまったく気が付かないで、そんなことを口にして……
状況が状況なら、拗ねていたかもしれません。
でも、今の私は、兄さんがどんな気持ちでそのセリフを口にしたのか、理解できました。
私のためを思って、彼氏彼女のフリを続けることに疑問を抱いたんでしょう。
普通に考えて、妹の恋人のフリをするなんて、おかしいことですからね。
単純に、私のことが心配なんでしょう。
その気持ちはとてもうれしいです。
兄さんの優しさで、胸が温かいもので満たされます。
「大丈夫ですよ」
私は、穏やかに笑います。
問題なんて、何もありません。
心配することなんてないんですよ。
フリとはいえ、兄さんと恋人になれることが、とても幸せだから……
ずっと、この状況が続いてほしいくらいです。
……いえ、違いますね。
ずっとというのは、困ります。
もう一歩、先に……
「そうですね……できることなら、本物の彼氏が欲しいですね」
「そうなのか……なら、小鳥遊さんってわけじゃないけど、良い相手を見つけた方がいいんじゃないか?」
「兄さん。私は、誰でもいいから欲しい、なんていうわけじゃないんですよ? 結ばれるなら、やっぱり、好きな人がいいです」
「好きな人、いるのか?」
「はい、います」
あなたのことですよ、兄さん。
……なんていう、私の気持ちは知らない様子で、兄さんは驚いた顔を作ります。
「えっ、マジで?」
「マジですよ」
「え? ホントに?」
「だから、本当ですって」
「そ、そうなのか……好きなヤツがいたんだな……」
自惚れかもしれませんが、兄さん、ショックを受けているんでしょうか?
私に好きな人ができるわけない、って……
いつまでもずっと一緒にる、って……
そんな風に思っていた……とか?
だとしたら、とてもうれしいです♪
ふふっ、兄さん、かわいいです。
「で、でも、それなら、なおさらフリはやめた方がいいんじゃないか?」
「問題ありませんよ。むしろ、その……こうしてフリを続けることで、付き合える可能性が増えるわけですから」
かなりきわどい発言です。
私の好きな人が兄さんだということに、気づかれてしまうかもしれません。
でも……
「ん? よくわからんが……どういう意味だ?」
兄さんは気づきませんでした。
ほっとしたような、残念なような……
まあ、兄さんですからね。
こんな簡単に事が運ぶなんて思っていません。
私も、兄さんの反応が見たいのであって、今、告白するつもりはありませんし……
今は、これでよしとしておきましょう。
「兄さんは、何も気にしないでいい、っていうことですよ」
好きな人がいると言った時……兄さんは、それなりに動揺を見せました。
それがどういう意味なのか、真意はわかりませんが……
素直に喜ぶというパターンがなかった以上、私にもチャンスはあるはず。
そのチャンス、絶対に掴んでみせますからね?
覚悟してください、兄さん。
――――――――――
<宗一視点>
屋上を後にして教室に戻る。
席についたところでチャイムが鳴り、ほどなくして先生がやってきた。
危ない、もう少しで遅刻してしまうところだった。
「……ねぇねぇ」
明日香がそっと声をかけてきた。
「なんだよ。今、授業中だぞ」
「真面目ちゃんか。そういう発言、宗一には似合わないんだけど」
「失礼な。俺だって、真面目に勉強するかもしれないだろ」
「ないわー。マジないわー」
真顔で断言されてしまった。
まあ、否定できないんだけどさ。
ちょっと悲しい。
「それよりも、ラブレターの子と話してきたんでしょ? どうなったの?」
「メッセージを送っただろ? そのことは、放課後に話すよ。すぐ終わる話じゃないし」
「今知りたいんだけど。気になって、授業どころじゃないわ。これで成績が落ちたら、宗一のせいよ」
「言いがかりがすごいな」
ヤクザ並だ。
「なあ、明日香」
「なに?」
「……結衣の好きな人って、誰だろうな?」
「は? あんたに決まってるでしょ」
「……だよな」
実は恋人のフリで、結衣が好きな人は別にいるんだ。
その辺の事情を知らない明日香は、当然、俺と答えるだろう。
でも俺は、本当のことを知ってるわけで……
結衣に好きな人がいることも、知ったわけで……
結衣は問題ないって言ったが、このままフリを続けていいものか?
「よくわからないけど……あんた、バカなこと考えてない?」
「え?」
「宗一が難しい顔をしてる時は、思い詰めてる時で……それでもって、暴走する時に限るのよね」
「そう、なのか?」
「事情なんて知らないけど、軽率な行動は慎みなさいよ? 何が正しくて何が間違っているのか、よく考えて行動しなさい。でないと、後悔するわよ」
明日香の言葉は妙に重く、俺の心に響いた。
よく考えて……か。
そうだな、明日香の言う通りだ。
結衣に転校を勧めた時も、その場の勢いでやってしまった感があるからな……
あんな間違いは、二度としてはいけない。しっかりしないといけないな。
明日香の言葉で目が覚めたような気分だ。
「ありがとな」
「ん? よくわからないけど、どういたしまして。ジュース一本でいいわよ」
「それくらいなら、奢ってやるよ」
「毎日だからね」
「ふっかけすぎだろ!?」
ついつい大きな声を出してしまい、先生に怒られるのだった。