138話 妹は見抜かれそうになります
「二人は、本当に付き合っているのか?」
小鳥遊さんの疑惑の視線が突き刺さる。
結衣の恋人のフリを始めて数ヶ月。
何度か疑われたことはあるが、ここまで強い疑惑を持たれたのは初めてだ。
とはいえ、ここで動揺するわけにはいかない。
こちとて、数カ月も恋人のフリをしてきたんだ。
突発的なアクシデントに対処できるだけのアドリブも効く。
「ああ、もちろんだ。俺たちは付き合っているぞ。なあ、結衣?」
「は、ははは、はい! もちろんですよ、に、兄さん!」
結衣さん、めっちゃ動揺してます!
ウチの妹、アドリブに弱すぎるだろ。
小鳥遊さんに聞こえないように、小声で結衣に話しかける。
「……落ち着け。そんなに動揺してたら、疑ってください、って言ってるようなもんだぞ」
「……わ、わかっているんですけど、でもでも、こんなこと初めてだから……ど、どどど、どうしましょう、兄さん?」
「……とりあえず落ち着け」
「……すーはー」
「……落ち着いたか?」
「……はい、オチツキマシタ」
ダメだこりゃ。
ここは、俺がなんとかしないと。
「えっと、小鳥遊さんだよね? なんで、俺たちの関係に疑問を?」
「それは、つまり……アレだ」
「アレ?」
「そう、アレだ。なんというか……アレだ!」
うん。
この子、頭が弱いのかもしれない。
「そう……勘だ!」
「勘、って……そんなもので、俺たちの関係にケチつけるわけ?」
「勘をバカにしてはいけないぞ、先輩。勘は、科学で立証された立派な根拠なのだ」
「え、マジで?」
「いや、適当言った」
女の子だけど、殴ってもいいかな?
「すまん。今のは冗談だ。だが、私は決して適当なことを口にしているわけではないぞ。本当に、二人の関係があやふやなものに見えたから、疑問を持っているのだ」
「そんなこと言われてもな……俺と結衣は恋人だぞ?」
「兄妹なのに?」
「そこは否定しないが、血が繋がってないことも考慮してくれ。法律的には、俺たちの関係はまったく問題ないんだよ」
「むぅ」
「というか、逆に聞かせてもらうが……小鳥遊さん、女の子だよな? そんな格好してて、男ってわけじゃないよな?」
「うむ。もちろん、私は女だぞ」
「なら、どうして結衣に告白なんて……?」
当たり前の疑問をぶつけると、小鳥遊さんは胸を張って答える。
「愛の国境に性別はないからだ!!!」
「なんかかっこいいこと言われた!?」
って、そんなことでごまかされるな、俺。
「ぶっちゃけると……小鳥遊さんは、女の子が好きな女の子?」
「うむ。らしいな」
「他人事みたいだな」
「今まで自覚がなかったのだ。ただ、結衣さんを見て、私の中に衝撃が走ったというか、雷が落ちたというか……一目惚れなのだ」
頬を染めて、瞳を潤ませて……
『恋する乙女』という言葉がぴったり合う様子で、結衣への想いを語る小鳥遊さん。
ちょっと変わった子みたいだけど、その想いは本物みたいだ。
「このようなことになって、私自身、驚いている。当初は戸惑い、何かの間違いだろうと思った。しかし、一向にこの想いは消えず……むしろ膨らんでいき、認めた。私は、結衣さんが好きだ」
「……」
結衣が複雑な顔をしてた。
ここまで想われることは、純粋にうれしいのだろう。
でも、その想いに応えられないから、申し訳なく思っているのかもしれない。
「もちろん、先輩のことは知っていた。二人は付き合っていると。最初は、諦めようとしたのだが……どうも、二人を見ているうちに違和感を覚えてな」
「見てたのかよ」
「そこは、すまない。ストーカーのような真似をしてしまったな。だが、諦めようとしても、なかなか区切りがつかなくてな。何かきっかけになるようなことがあれば、と二人を見ていたのだ」
そんなことを言われたら、なかなかに責めづらい。
やってることはストーカーそのものだが……
恋心って、自分でコントールできないものだからな。
ついつい、過激な行動に走ったとしても、咎めることは難しい。
まあ、恋をしたことのない俺がそんなことを語っても、ウソっぽいかもしれないが。
「結衣さんと先輩を見ているうちに、やがて違和感を覚えた。本当に二人は付き合っているのか? ……とな。そう思うと、どんどん疑惑が膨らみ……諦められない気持ちが大きくなってしまってな。そこで、おもいきって告白しようと決断したわけだ」
「なるほどな」
「どうだろう、結衣さん? 私と付き合ってくれないか?」
今まで黙って成り行きを見守っていた結衣は、首を横に振る。
「すいません……先輩の想いは、うれしいです。でも、私は兄さんの、か、彼女ですから」
惜しい。
そこでつっかえなければ、なお良かった。
「ふむ」
振られたにもかかわらず、小鳥遊さんは落ち着いていた。
見定めるように、じっと俺たちを見る。
なんか、面接を受けてるような気分で居心地が悪いな。
いったい、小鳥遊さんは何を思ってるのか?
「……うむ、わかった。二人のことは諦めよう」
「わかってくれましたか」
「などと言うほど、私は諦めがよくないのだ!」
「えぇ!?」
「入りこむ隙間もないくらい、二人が愛し合っているのならば、私も身を退いたが……こうして直接対面しても、やはり、違和感が消えぬ。これでは、諦めるに諦めきれない」
この子、本当に勘が鋭いな。
俺たちの関係を直感だけで見抜くなんて……
ボロが出る前に、話を切り上げた方がいいな。
そう思っていたんだけど……