137話 妹は告白を断ろうとする
決戦の時が訪れる。
……っていうと、ちょっと大げさかもしれないな。
放課後になり、結衣の教室を尋ねる。
「結衣」
「あっ、兄さん」
「準備はいいか?」
「はい、大丈夫です」
告白の返事は、俺も同行することにした。
相手を完全に諦めさせる場合、しつこい場合などは、同行するようにしていたんだけど……
今回の場合は、相手の出方が読めないからな。
同姓からの告白なんて初めてだ。
結衣と凛ちゃんの話によれば、相手は理知的なタイプに見えた、とのことだけど……
それでも、告白が絡んでくると、どんな展開になるか読めない。
なので、何があってもいいように、俺も一緒についていくことにした。
兄としては過剰な反応かもしれないが、恋人としてなら妥当な判断だろう。
「結衣、先輩。がんばってくださいね」
凛ちゃんが見送ってくれる。
さすがに、まったく関係のない凛ちゃんや明日香がついてくるわけにはいかないので、二人は留守番だ。
結衣と一緒に中庭に向かう。
ちらりと横を見ると、緊張した結衣の顔が見えた。
ぽんぽん、と頭を撫でる。
「あっ……に、兄さん?」
「落ち着け。怖い顔してるぞ」
「むぅ……女の子に怖いとか言わないでください」
「それくらい、緊張が表に出てたんだよ」
「そうですか……」
「まあ、落ち着くなんて難しいかもしれないが……俺がいるからさ。いざって時はなんとかするから、必要以上に気負わず、頼りにしてくれ」
「……はい。頼りにしていますね、兄さん」
妹の期待に応えられるようにがんばらないとな。
それが、『兄』ってもんだ。
やる気になりつつ、中庭に移動する。
「結衣、相手は?」
「えっと……あっ、もう来ていますね」
結衣の視線を追うと、二年の女子生徒が見えた。
男らしい視線で申し訳ないが、レベルの高い女の子だ。
かわいい、というよりは、綺麗な容姿をしてる。
スラリと伸びた手足はモデルのようだ。
長い髪はポニーテールでまとめられ、どことなく凛とした印象を受ける。
「やあ、来てくれたんだな」
向こうもこちらに気づいて、軽く手を上げた。
「こんにちは」
「うむ、こんにちはだ」
にっこりと笑う小鳥遊さん。
よく晴れた青い空のような笑顔で、見ていて気持ちがいい。
こんな女の子が、結衣に告白を?
ちょっと現実についていけなくて、ついつい手紙を疑ってしまう。
何かの間違いではないか?
そんなことを思うが……
「それで、ここに来てくれたということは、私のラブレターは読んでくれたみたいだな」
何かの間違いなんていうことはなく、小鳥遊さんが結衣に好意を持っていることは、事実のようだ。
「そちらは?」
小鳥遊さんの視線がこちらに向いた。
「兄さ……兄です」
「結衣の兄の、宗一だ」
「おおっ、そうか。結衣さんの兄なんだな、よろしくだ」
笑顔で握手を求められて、それに応じた。
純粋というか、子供みたいというか……
良い子であることは間違いなさそうだな。
「すみません。こういう話をするのに、他の人を連れて来てしまって。でも、兄さんは無関係ではないので」
「と、いうと?」
「えっと、ですね……私は、兄さんと付き合っています」
頬を染めて、チラチラとこちらを見ながら、結衣がそっと言う。
どこからどう見ても、恋する乙女だ。
こんな演技ができるなんて、結衣は相当なものだな。
「私は、兄さんが、す、すすす、好きですし……兄さんも、私のことが、す、好きなんです! 私たち、らぶらぶなんです!」
らぶらぶ、って……
その表現、ちょっと古くないか?
いや、そうでもないのか?
恋愛したことがないから、よくわからん。
とりあえず、黙ったまま成り行きを見守る。
「なので、申し訳ありませんが、小鳥遊先輩の好意を受け取ることはできません」
最後は、きっぱりと言い切った。
ここで、期待をもたせるようなことを口にしてしまうと、相手が諦めきれない可能性がある。
それを理解してるから、結衣は心を鬼にして、ストレートに言葉にしたんだろう。
大抵の相手は、これで撃沈して、肩を落として立ち去るんだけど……
「なるほど、なるほど。うむ、理解したぞ!」
なぜか、小鳥遊さんは落ち込むことなく、ふむふむと納得顔で頷いていた。
「噂には聞いていたが、本当に兄妹で付き合っているのだな」
「そうですが……知っていたんですか?」
「む? 知らない方がおかしいのではないか。結衣さんと宗一先輩のことは、学校ではわりと有名だぞ」
元々、結衣はたくさんの男子生徒から告白されるような美少女で……
そんな美少女が、兄と付き合うとなれば、話題にならない方がおかしいか。
俺たちが自覚していないだけで、予想以上に話題になっているのかもしれない。
「えっと、まあ、それはいいです。そういうわけなので、小鳥遊先輩と付き合うことはできません」
「うむ。事情は理解したが、私は諦めないぞ」
「え? なんでですか? 私は、兄さんがいるから……」
「それだ」
ビシっと、小鳥遊さんは俺を指差して言う。
「私から見ると、どうも、二人が本当に好き合っているのか疑わしいのだ」