135話 妹の予想外の相談
「その手紙は?」
なんとなく想像はついたが、一応、尋ねておいた。
とはいえ、わざわざ確認する必要はなく、俺の予想通りに……
「ラブレターです」
……と、結衣は答えた。
「結衣ちゃん、モテるわねー。ちょっとうらやましいかも」
「別に、兄さん以外にモテても仕方ありませんから」
「おっ、ノロケ?」
「あっ、いえ!? 今のは、ついつい本音が……で、ではなくて! あれ? でもでも、この場合はそう答えるのが正しいわけで、だけど、さすがにそんなことをまっすぐに答えるなんて恥ずかしいわけで……あわわわわわっ」
「結衣、落ち着いて。よくわからないけど、バグっているわよ」
壊れたポンコツ機械のようになる結衣を、凛ちゃんがなだめる。
結衣って、時々バグるよな。なんでだろ?
「ほら、落ち着いて。ひっひっふー」
「ひっひ……って、なんですかその呼吸法は!?」
「気がついた?」
「気づかないわけないですよ!」
「からかおうと思っただけよ。悪気はないわ」
「からかおうとした時点で、悪気があるような気がするんですが……」
「はいはい。漫才してないで、そろそろ本題に戻りましょう」
「そ、そうでしたっ」
明日香の言葉で我に返ったらしく、結衣が気を取り直すように、こほんと咳払いをした。
「今朝のことなんですけど、このように、ラブレターをもらってしまいまして……」
「今時、ラブレターなんて古風な子ね」
「そうなのか?」
「今はメールとかメッセージじゃない?」
「それだと軽く見られるかもしれないから、手紙にしたのかもしれませんよ」
「あっ、なるほど。そういう見方もあるか」
「にしても、まだ結衣に告白するヤツなんていたのか」
恋人のフリを始めて、数ヶ月……
最初は、諦めきれない様子で結衣に突撃する男子は後を絶えなかったが、日に日に数は減っていった。
当たり前の話だ。
恋人がいて、頑なに告白を断る……普通に考えて、他人に脈なんてない、と思うのが普通だ。
現に、最近は結衣に告白する人はほとんどいなくなった。
このままなら目的を達成することができると思ってたんだが……
なかなかどうして。
そうそう簡単にはいかないらしい。
「そういうことなら、俺が話をしようか?」
「おっ、宗一らしからぬかっこいい発言」
「普段の俺がかっこよくないみたいな言い方、やめてくださいませんか?」
「イヤよ」
「即答かよ……ま、これでも結衣の彼氏だからな」
「兄さんが彼氏……えへ♪ 改めて聞くと、ニヤニヤしてしまいます……はぅ」
「結衣、デレデレしてる場合じゃないでしょう? また本題からズレているわよ」
「はっ!? そ、そうでした」
本題?
どういうことだろう? 結衣がラブレターをもらったことが本題じゃないのか?
「えっと、ですね……今回の件で兄さんに力を貸してほしいことは、いつものことなんですが……ただ、ちょっと複雑な事情がありまして……それで、どうしたらいいのかわからなくて、みなさんに相談をしたいんです」
「どういうことかしら?」
「実は……このラブレター、女の子からのものなんです」
時が凍る。
「……今、なんて?」
「ですから……女の子からのものなんですよ」
「マジで……?」
「ガチです」
予想の斜め上を行く展開に、思考が停止してしまう。
こういう時、どうしたらいいんだ? 笑えばいいのか?
いかん、それじゃあ頭のおかしい人だ。
「しつこいようだけど、念のために確認しておくが、勘違いとか間違いとか、そういう可能性は?」
「ないと思います。手紙を渡した人は女の人でしたし……それに、これを見てください」
結衣が手紙を見せる。
といっても、半分くらいに折り曲げて、内容は見えないように配慮してた。
手紙をわずかにズラして、最後の一文……名前が書かれているところを見せてくれる。
『小鳥遊はやて』
「この字、女の子のものでしょう?」
「そう、だな……まるっこいし、柔らかみがあるっていうか……」
「でも、名前は男のものじゃない? 誰かに頼まれて渡した、って可能性は?」
「それもないと思いますよ。結衣に待っている、ってハッキリと言いましたからね」
「あら。凛ちゃんもその場にいたの?」
「はい。教室に向かう途中だったので」
なるほど。二人の話を聞く限り、相手が女の子であることは間違いなさそうだ。
よほど手の込んだいたずら、という可能性も捨てきれなくはないが……
わざわざそんなことをする理由が思い浮かばない。これは除外してもいいだろう。
「結衣って、女の子にもモテたのか……」
「しみじみと言わないでください、もうっ。こんなこと、初めてのことですからね」
「……などと言いつつ、内心、胸をドキドキさせる結衣だった」
「変なナレーションをつけないでください!」
「ごめんなさい。結衣の反応がおもしろいから、つい」
それ、まったく反省してないよね……?
相変わらず、凛ちゃんは面白い子だなあ。
「一応、聞いておくけど……結衣ちゃんにそっちの気は?」
「ありません!」
「とか言いつつ、内心でドキドキしてたり?」
「天丼!?」
「あはは、ごめんごめん。こういうことはあたしも初めてだから、ちょっと動揺してるのかも」
「もう、明日香さんまで……」
二人にからかわれて、結衣は唇を尖らせた。
とはいえ、明日香や凛ちゃんの気持ちもわからないでもない。
同姓に告白されるなんて、普通、想像しないからなあ。
身近でこんなことが起きたら、どう反応していいか困る。
ついついふざけてしまうのも納得してしまう。
「結衣、本題からまたまた逸れているわ」
「誰のせいですか、誰の」
「結衣?」
「凛ちゃんと明日香さんと兄さんのせいですよっ!」
あれ!?
なぜか知らないが、俺もカウントされてる!?
俺、何もしてないよな?
余計なことは口にしてないよな?
結衣から、『嫌いじゃない』って聞いたけど……
こういう反応を見ると、自信がなくなってしまいそうだ。
「えっと、ですね……それで、改めてみなさんに相談したいんですが……私、どうすればいいんでしょうか?」