132話 妹とラブレター
七月。
太陽ががんばって活動して、じんわりと汗をかくようになってきた頃。
俺と結衣は、いつもと変わらない日常を過ごしていた。
……いや。
いつもと変わらない、というと、少し語弊があるかもしれない。
いつもと変わらないようで……
それでいて、以前とはちょっとだけ違う日常を過ごしていた。
「暑いな……」
「暑いですねえ……」
「なあ、結衣」
「はい、なんですか?」
「手、繋ぐのやめない?」
すっかり普段の日常に組み込まれた、結衣と手を繋いでの登校。
以前と比べて、結衣との距離を近く感じられる。
嫌われてると思ってたけど、実はそんなことはない……と判明してから、良い兄妹の関係を築いていると思う。
心なしか、結衣も笑顔でいる時間が多い。
それはいいんだけど……
「もう夏じゃん? 暑いじゃん?」
「兄さんは、私と手を繋ぎたくないんですか? 暑いからという理由だけで、妹の手を離してしまうんですか?」
むすっとした顔をされた。
怒っている……というか、拗ねている。
そんなつもりはなかったんだが……
どうも、俺は女の子の扱いが下手らしい。
「繋ぎたくないなんてことはないって。むしろ、繋いでいたい」
「そ、そうですか? 兄さんにしては積極的な発言ですね……えへへ♪ いいですよ、その調子で、どんどん積極的になってください」
積極的になれと言われても、どうしろと?
「ただ、こうも暑いと、少しでも涼しくなりたいというか……わかるだろ?」
「それは、まあ」
「あと、汗かくし」
「いえ、兄さんの汗なら、それはそれでご褒美といいますか……」
「結衣の手も、しっとりとして……」
「今すぐ手を離しましょう!」
ものすごい勢いで手を振りほどかれた。
自分から言っておいてなんだけど、そこまで大げさな反応は、ちょっと傷つくぞ。
兄さん、寂しい。
「うぅ……私の汗が兄さんの手に……汚いって思われなかったでしょうか? でもでも、そういうところも受け入れてこその、真の恋人に……でもでも、やっぱり、まだハードルが高いというか……ちょっとマニアックですし、遠慮願いたいというか……もしも、兄さんが構わない、って言ったら、私は……な、悩ましいです」
「どうしたんだ?」
「なんでもありませんにょっ!? なんでも!」
噛んでいた。
おもいきり、なんでもあるように見えるが……ツッコミは入れないほうがいいだろう。
「やっぱ、手は繋いだ方がいいか? その方が恋人らしいもんな」
「らしいとか関係なく、兄さんとはいつも手を繋いでいたいですが……いえ、なんでもありませんよっ? 今、何か変なことが聞こえたとしたら、それは兄さんの妄想ですからね!? 妄想ですよ!」
妄想なのか……
俺、妹と手を繋ぎたいと思ってたなんて……疲れてるのかな?
「まあ、その……兄さんと一緒に登校できるなら、それだけでも満足といいますか、うれしいといいますか……だから、このままでも構わないですよ」
「そっか。なら、よかった」
「さあ、行きましょう、兄さん。急がないと、遅刻してしまいますよ」
「おっけー」
結衣と肩を並べて登校した。
――――――――――
<結衣視点>
「おはよう、結衣」
「おはようございます、凛ちゃん」
兄さんと別れて、教室に向かう途中で凛ちゃんと顔を合わせました。
笑顔を交わして、隣に並んで歩きます。
「結衣は、あれから先輩とはどう? うまくやっている?」
「そ、そうですね……それなりに良い感じじゃないかと……えへ♪」
「幸せいっぱい、っていうような顔をしてるわね……ごちそうさま」
「凛ちゃんから聞いてきたのに、呆れた顔をしないでくださいよ」
「親友とはいえ、他人のノロケは、いつでもどこでも呆れてしまうものよ。たまには、親友にかまってくれてもいいのよ?」
「もしかして、拗ねてます?」
「いいえ、なんのことかしら? ここ最近、結衣が先輩にべったりだったとか、私のことを放っておいたとか、そんなことはまったく考えていないから」
「考えているんですね……」
こう見えて、凛ちゃんは、けっこうひねくれた子です。
たまに、わがままを口にしたり、拗ねてしまったりするんですよね。
でも、それは親しい人にしか見せない顔なので……
そのことを考えると、ちょっとうれしくなります。
「今度、遊びに行きましょう」
「先輩と一緒にみんなでデート?」
「兄さんは抜きですよ。たまには、女の子だけのデートです」
「よきにはからえ」
「ははー」
なんて、ちょっとした寸劇を繰り広げていると。
「そこのキミ」
突然、声をかけられました。
足を止めて振り返ると、見たことのない女子生徒が。
リボンの色から判別するに、一つ上の、二年生みたいです。
「はい、なんでしょうか?」
「今、いいか?」
「えっと……」
ちらりと凛ちゃんを見ると、コクリと頷いた。
「はい、構いませんよ」
「ありがとう」
「ただ、もうすぐ予鈴が鳴ってしまうので、できるだけ手短にしてもらえたらと……」
「ああ、わかっているとも。なに、手間はとらせない。これを渡すだけだ」
そう言って、先輩は手紙を取り出しました。
「受け取ってもらえるか?」
「はぁ……えっと、これはなんですか?」
「ラブレターだ」
「なるほど、ラブレターですか……ラブレター!?」
思わず声に出して叫んでしまいます。
え? 今、この人、ラブレターって言いました? 私の聞き間違えではなくて?
「今時、って思われるかもしれないが、やはり、想いを込めるなら直筆の方がいいからな。だから、古臭いかもしれないけど手紙にしたのだ」
「え? え? え?」
「では、良い返事を期待してるぞ。またな」
混乱の極みに達する私を放置して、先輩はどこかに行ってしまいました。
これは、どういうことなんですか!?