123話 妹とある意味初デート・9
電車に乗り、地元に戻る。
駅の外に出ると、空はすっかり暗くなっていた。
水族館は夕方前くらいで後にしたんだけど……
その後、ちょっと早い夕飯ってことで、寄り道したからな。
「ふぁ」
結衣が満足そうな顔をして、吐息をこぼした。
「あのラーメン、おいしかったですね」
「だろ? とんこつと醤油の割合が絶品なんだ」
「でも、女の子と、で、ででで……デートにラーメンは、ちょっとないと思います」
「うっ」
結衣のジト目が突き刺さる。
「しかも、並びました」
「いや、でも、まあ……並ぶだけの価値はあったろ? うまかっただろ?」
「味はともかく、ムードも何もあったものじゃありませんね」
ぐさっと、結衣の言葉が槍のように心に突き刺さる。
こんな兄ですみません……
こういうところのせいで、鈍感とか女の子の心がわかってないとか、言われるんだろうなあ。
「でも、許してあげます。ラーメンはおいしかったですからね。特別ですよ?」
「ははーっ、ありがとうございます」
「くすくすっ」
「ははっ」
おかしくなって、笑い合う。
今日一日で、結衣との距離がずいぶん近くなったようんが気がした。
心なしか、結衣の顔も晴れやかなものに。
詳しいことはよくわからないが……
悩み事、解決したんだろうか?
「今日は楽しかったか?」
「はい、とても」
「ならよかった。よくわからないうちにデートすることになったけど……真白ちゃんに感謝かな」
「ですね」
結衣が笑顔になったのはいいことだ。
憂い顔をしていたら、どことなく落ち着かないというか、気になるからな。
妹は笑顔が一番だ。
「でも、結衣も楽しんでくれたなら良かったよ。真白ちゃんの提案とはいえ、無理矢理突き合わせたみたいになっちゃったからな」
「無理矢理なんて、そんな……」
「いいって、無理しなくて。ホントはイヤっていうか、仕方なくなんだろ?」
「そ、そんなことは……その、約得といいますか……良い機会だったといいますか……」
「あれ? もしかして、イヤじゃなかった……?」
「そ、それはっ、仕方なくで……い、いえっ、そうじゃなくて……うれし、かったですよ……?」
「そう……なのか?」
「は、はい……その、あの……兄さんと、で、デートするの……い、イヤじゃありませんから……むしろ、うれし……いえ、あの……悪いなんてこと、ありませんから」
「……そっか」
ついつい、安堵の吐息をこぼしてしまう。
結衣と少しは仲良くなれたかな? なんて、うぬぼれたことを考えていたんだけど…… どうやら、うぬぼれじゃなかったらしい。
この調子で、『嫌い』から脱却したいものだが。
「というか、どうして兄さんは、そこまでネガティブなんですか? 私がイヤがっている、って……そんなマイナスばかり考えて、暗いですよ」
「いや、だってなあ……結衣は、俺のこと嫌いだろ?」
「え?」
「え?」
なぜか、不思議そうな顔をされた。
「それは、そのっ……まあ、私の今までの態度で勘違いするのは当然なので……この辺りので、本当のことを……兄さんなら、きっと……」
「結衣?」
「あ、あのですねっ!」
ぐぐっと距離を詰めて、結衣は必死な顔をして言う。
「私は、その、なんていうか……違いますよ」
「えっと……なにが?」
「だから、その……さ、察してくださいよ!」
「無茶言わないでくれよ」
自分でも、鈍いって自覚してるんだ。
それなのに、難しい年頃の妹の心を察するなんて、無理ゲーにもほどがある。
「もうっ、兄さんのばか」
結衣は拗ねたように唇を尖らせて……
……いや、恥ずかしがっている?
なんとなくだけど、そんなことを思った。
「私は……その……あの……だから……つまり……き……き、嫌いじゃないですよ?」
「え?」
「だからっ……兄さんのこと、嫌いなんかじゃありません」
「そうなのか……?」
「そ、そうですよ……むしろ、す……」
「す?」
「すぅ……」
結衣の顔がみるみるうちに赤くなる。
喉に何かが詰まってしまったかのように、なかなか言葉が出てこない。
でも、焦ることなく、焦らせることなく、俺は結衣を待つ。
やがて、結衣はこちらをまっすぐに見つめて……
「好きでも嫌いでもありませんからねっ! つまり、普通ということですよ!!!」
「お、おう……そうか」
好きでも嫌いでもない……
予想はできていたが、ちょっと残念だ。
まあ、嫌いから普通に昇格しただけ、マシっていうことか?
「あああぁ……千載一遇の好機なのに、私は、なんでこう……もうっ、もうっ、素直になれないなんて……ダメダメですね、私は……あううう」
結衣が頭を抱えて、なにやらうめいていた。
「良かったよ。俺、結衣に嫌われてると思ってたから」
「いえ、それは、その……すいません」
「なんで結衣が謝るんだ?」
「だって、私の態度のせいで……ご、誤解されてしまったんでしょう? あれは、その……素直になれないだけで、つい……」
「嫌われてないならいいよ。あの時のせいで、俺、すっかり嫌われたと思ってた」
「あの時?」
「ほら、昔の結衣の誕生日の時のことだよ。俺が、結衣に欲しいものを聞いて……」
「……」
しばらく考えて、結衣の瞳に理解の色が灯る。
「あぁ、あの時のことですか」
「俺、結局、約束を守れなかっただろ? それで、怒らせちゃったんじゃないかな、って」
「それは、その……あの時は、き、嫌いなんて言ってしまいましたが……感情に任せた一時のものといいますか、幼さゆえの過ちといいますか……すいません。そんなつもりはなかったんです」
「よかった。じゃあ、ほら」
結衣に手を差し出した。
「仲直り、しよう」
「そうですね」
笑いながら、俺達は手を握る。