122話 妹とある意味初デート・8
結衣の頭をそっと撫でる。
くすぐったそうに、気持ちよさそうに、結衣は目を細くした。
「んっ……兄さん」
されるがまま、結衣は頭を撫でられている。
こんな時になんだけど、子犬みたいだ。
尻尾があったら、左右にぶんぶん振っていそう。
「結衣の悩みがどんなものか、わからないけどさ……俺がついてるからな」
「兄さん……でも、私は……」
「あまり深く考えるな。悩んでる時は、考えれば考えるほどドツボにハマるもんだぞ」
「でも……!」
「たまに休めばいいんだよ。結衣は、働きものだからな。疲れた時は、ウチで羽を休めるといい。何ができるってわけじゃないが、俺は傍にいるから」
「……それは」
結衣の瞳が迷うように揺れる。
何かを口にしかけて、でも、言葉にできなくて……
でも、無理に聞こうとしない。
結衣が落ち着くまで。
じっと待つ。
そうして、何度か同じことを繰り返した後。
結衣は、一度唇を噛んで……わずかに口を開いた。
「私は、弱い子です……とてもダメダメで……私の問題なのに、私がどうにかしないといけないのに……今、兄さんに甘えそうになって……私は!」
「いいんじゃないか? 弱くても」
「え?」
「俺も結衣も、まだまだ子供なんだ。完璧になんてなれない。弱くて当たり前だろ」
「そ、それは……」
「結衣が、何を問題に思ってるのか、それはわからないけどさ。焦らなくてもいいんだよ。ゆっくり歩いていけばいい」
「そんなことを言われても……」
「受け入れられないか?」
「……はい」
結衣が苦しそうな顔をする。
この小さな体に、どんなものを抱えてるんだろうか?
その悩みを、すぐに取り除いてやれないことがもどかしい。
でも、俺の言葉が少しでも助けになると信じて……
俺は、ありったけの想いを込めて、言葉を紡ぐ。
「俺は、結衣の隣にいるからな」
「あ……」
「結衣がイヤって言ってもお断りだ。しつこくつきまとって、いつまでも隣にいる。ずっと、結衣の『兄』でいる」
「……兄さん……」
「そんなことしかできないけどな」
「いえ……十分、です……」
――――――――――
<結衣視点>
兄さんの言葉が胸に染み渡ります。
心が温かくなります。
ずっと一緒にいてくれる。
「あぁ……そういうことだったんですね……」
私は、ずっと……ずっと、その言葉を欲してしたんです。
兄さんに、そう言ってもらいたかったんです。
その一言があれば、私は安心することができるから。
兄さんを……信じることができるから。
今、ハッキリと理解しました。
私は、お父さんを捨てたお母さんの娘ですが……
だけど!
兄さんを裏切るようなことはしません。
絶対にしません!
今なら、そう断言することができます。
信頼するということは、相手を受け入れるということ。
今の私なら、兄さんの全部を無条件で受け止めることができます。
兄さんを……心の底から信じることができます。
「でも……情けないですね」
「どうしたんだ?」
「いえ、その……結局、兄さんに甘えてしまいました」
私が迷いを振り切ることができたのは、兄さんのおかげです。
兄さんの温かい言葉が、私の臆病な心を励ましてくれました。
弱いハートを強くしてくれました。
また、兄さんに甘えてしまいました。
そのことが申し訳なく思います。
「よくわからないが、いいんじゃないか?」
「え……?」
あっさりとそう言うものだから、きょとんとしてしまいます。
「妹は兄に甘えてなんぼだろ」
「……もう、兄さんは」
ついつい、小さく笑ってしまいます。
兄さんはいつもと変わらず、ちょっとわからないところがあって……
わりとシスコンなところがあって……
それで……とても優しいです。
「兄さん」
「うん?」
「あの、その……私、実は兄さんのことが……」
熱い衝動がこみ上げてきて……
私は胸の想いを全部、兄さんにぶつけ……
「では、ショーを開催します!」
「え?」
突然、アナウンスが鳴り響いて……
こっちに注目しろとばかりに、いきなりイルカが大暴れしました。
バシャアアア、と盛大な水しぶきがあがり、前の席に座っていた私と兄さんは、おもいきり水をかぶってしまいます。
「……」
「……」
ポンチョを着ていたとはいえ、顔はびしょびしょです。
膝から下も濡れてしまいました。
私と兄さんは、たぶん、マヌケな顔をしていると思います。
濡れた顔を見合わせて……
「ははっ」
「くすっ」
どちらからともなく笑い声をあげました。
今の水が私の心を洗い流してくれたかのように……
私の悩みは、溶けて消えました。
世界で一番、兄さんのことを信じています。
そして……
大好きですよ、兄さん♪