121話 妹とある意味初デート・7
イルカショーが行われる広場に移動した。
中央に巨大なプール? があって、それを取り囲むように、半円状に観覧席が設置されている。
「どこに座りましょうか?」
「そうだなあ……って、前の方がやけに空いてるな?」
真ん中、後ろの方に人が集中してて、前の方に座ってる人は少ない。
「なんでしょうね?」
「前だと近すぎて首が疲れるとか?」
「映画館じゃないんですから」
揃って首を傾げていると、アナウンスが流れる。
「前方のお席は水しぶきがかかり、全身が濡れてしまいます。それでも問題ないという方のみ、おすわりください」
「ですって」
「全身?」
大げさだろ。
とは思うが、わざわざアナウンスをするっていうことは、それなりに濡れる、っていうことなんだろうか?
「後ろに……」
「……」
結衣が、ちょっとそわそわしてた。
チラチラと前の席を見てる。
あ、これ座りたいヤツだ。
鈍い俺でも、なんとなく理解できた。
「……前に座るか?」
「え? でも……いいんですか?」
「えっと、まあ……あ、ほら。ポンチョ売ってるみたいだぞ」
ちょっと離れたところで、ポンチョが売られていた。
「いくらですか?」
「100円だな」
「安いですね。まあ、それくらいなら」
「よし」
二人分のポンチョを買う。
一つを結衣に渡して、さっそく身につけた。
「なんか、屋内でこんな格好してるの、間抜けっぽいな」
「ふふっ。似合ってますよ、兄さん」
「それは褒め言葉なのか? それとも、けなしてるのか?」
「さて、どちらでしょう?」
いたずらっぽい笑みを浮かべる結衣。
その顔をじっと見つめる。
「な、なんですか? 急に……そ、そんなに見つめて……あう」
「いや、な」
実のところ、今日一日、ずっと違和感を感じてた。
いや、今日からじゃなくて、少し前から。
どこか結衣の様子がおかしい。
ぱっと見た感じ、いつもと変わりないんだけど……
でも、どこか歯車がズレているような違和感を……
なんていえばいいんだろうな?
無理をして笑っている。
そんな気がしてならないんだ。
踏み込んでみるか?
ただ、結衣が口にしないということは、大したことじゃないのか、それとも、俺には話したくないことなのか。
下手なことを口にしたら、また嫌われてしまうかもしれない。
それはちょっと……
って、俺のことなんてどうでもいいか。
結衣が困っているかもしれないんだ。何か悩みを抱えているかもしれないんだ。
なら、俺がやるべきことは一つだろう?
少しでも結衣の力になれるなら……迷うことはない。
「なあ、結衣」
「なんですか?」
「何か悩み事でもあるのか?」
「……いきなり、どうしたんですか?」
結衣は笑顔を保ったままだ。
だけど、返事をするまでにわずかにラグがあった。
悩みアリ、か。
これでも、結衣の兄だ。
妹がどういう状態にあるのか、じっと観察すれば、なんとなくわかる。
……まあ、女の子の心の機微とかは疎いんだけどな。
「悩み事、あるんだろ?」
「ありませんよ」
「俺でよければ、話を聞くぞ? ほら、話すことで楽になるかもしれないし」
「だから、ありませんって。兄さん、しつこいですよ」
「大事な妹のことだ。しつこくもなるさ」
「うっ……そ、そういうことを言うの、反則ですよ……」
「悩んでるんだろ?」
「……」
返事はない。
でも、苦しそうな顔が答えだった。
「話してくれないか?」
「……話せませんよ」
「どうしても?」
「どうしても、です」
結衣は、膝の上に置いた手を強く握る。
「こんなことを話したら……私は、兄さんに嫌われて……その……兄さんの妹でいられません」
「どういう意味だ?」
「詳しいことは言えません。言ったら、答えになってしまいますから」
「……わかった。難しいなら、無理に話さなくていい」
「すみません……」
「謝ることないさ。ただな」
ぽんっ、と結衣の頭に手を置いた。
「今までも、これからも……結衣は俺の大事な妹だよ」